不穏な予兆
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竜の守り人と呼ばれる子供は、季節の変わり目になると村にやって来て、村人の病気を診たり、薬草を調合して薬を作ったり、作物の効率的な育て方を教えたりする。
外見は子供だが、もう百余年の時を生きて来ているので、大人以上の知識を持ち、こうして村人に奉仕しているのだ。
そればかりか、村が戦で滅ぼされそうになった時、魔法を用いて軍隊を全滅させた事もある。
竜の守り人は村人にとっても守り神なのだ。
「ねえ、お祖母ちゃん、竜の守り人様はなんで小さいままなの? マクダレーネはどんどん大きくなって、もう守り人様の背を追い越しそうなのに、何故小さいままなの? 」
いつも熱を出すので守り人の薬に助けられている小さいマクダレーネは祖母に訊いた。
「マクダレーネや、お祖母ちゃんが小さい頃もあの人はあのままだったんだよ。何でも、竜の血を少しだけ多く飲んでしまったために、ゆっくり、ゆっくりとしか成長出来ないんだよ」
「じゃあ、マクダレーネがお祖母ちゃんになっても竜の守り人様は子供のままなの? そんなの可哀想、大人になれないなんて」
小さいマクダレーネは病弱ではあったが、心の優しい女児であったので、竜の守り人の不運に心を痛めた。
しかし、それを不運と呼ぶか、幸運と呼ぶかは捉え方次第であるし、何より守り人本人の考え方次第だと気付いたのは、彼女が大人になってからだ。
マクダレーネと祖母は、布を織りそれを縫い、新しい衣服を拵えてそれを守り人に渡していた。
麻や綿の粗末な服ではあるが、守り人はたいそう喜んだ。
街の医者から買えば、とても代金を払いきれないくらい高価な薬を、いとも簡単に当たり前の様に無料で作ってくれる守り人に対しての心ばかりの礼だった。
粉引きのヨハンの家では小麦や大麦の粉を。
農民のアトンの家では蕪や豆などの農作物を。
貧しい村ではあったが、そこに住まう者達は皆、暖かい心の持ち主であった。
不穏な噂が流れ始めたのはそのような村人と守り人の良い関係が続いていたある日の事だった。
「ヴェロアの王子が竜を探している。それも五千年生きた竜だ」
街に用足しに出掛けた粉引きのヨハンは、帰って来るなり村人達にそう云った。
五千年以上生きた竜。
村人達は守り人が世話をしているあの竜を思い浮かべた。
「竜の居所を教えたら褒美をくれる……と。一体ヴェロアの王子様は何をしたいのだろう? 」
変わり者と云われるヴェロアの王子の事だ。竜をただ見たい為だけに探している訳では無かろう。
目的は竜の血であることは村人のほぼ全員が気付いていたが、あえて口には出さずに居た。
死期迫る年老いた竜。それを世話する守り人を面倒な事に巻き込みたくは無かったのだ。
最悪、竜は殺されるかもしれない。そうなったら守り人の嘆き悲しみ様は計り知れない。
「まさか、褒美欲しさに竜を売る奴がこの村に居るとは思えんが……ヴェロアの使いが来たら、竜の事など知らんと云うのだぞ」
村長が念の為村人達に釘を刺す。
この平和な時間が、横暴なヴェロアの王子の為に潰されてなるものか。と。