序
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深い洞窟の中に一匹の竜が棲んでおりました。
幾千年の時を生きて来た竜は、人語を解し知性と魔力も備わっていました。
その竜の血は不老不死の妙薬で沢山の強者が血を奪おうと洞窟に訪れましたが誰一人帰って来た者はおりません。
それ程この竜は強かったのです。
しかし、それは昔の話で、年老いた竜は最期の時を静かに暮らそうと、暗い洞窟の中で眠っているばかりです。
翼は破れ、牙は折れ、翡翠の鱗はあちこちが剥がれ落ちていました。
このまま数百年の眠りにつき、夢を見ながら朽ち果てるつもりだったのです。
しかし、ある日の事でした。
竜の棲む洞窟に何やら人間の匂いが漂って来ます。
竜がその匂いの元を辿ると、洞窟の外に一人の子供が行き倒れているではありませんか。
全身火傷や傷だらけで、放って置けば間違い無く死んでしまう。そんな状態です。
竜はこの子供に自分の血を飲ませてやりました。
竜の血を飲んだ子供の体からは、みるみる傷が消えて火傷もすっかり治り、やがて目を覚ましました。
子供は竜を見てとても驚いたのは云うまでもありません。
しかし竜の優しい目を見ているうちに、この竜は自分に何もしない、と確信しました。
大変な怪我をしていた筈なのに、すっかり治っているのも、この竜が魔法で治してくれたに違いないと、子供は思ったのです。
竜の洞窟の暗さに目が慣れてくると子供は、竜の傍らに二体の竜の骨があるのに気付きました。
「それは、私の妻と子供の骨だ」
竜は云いました。
「何百年も前に人間に殺されたのだ……私の血を奪いに来た人間に」
子供は、竜の気持ちが痛い程良くわかりました。
何故なら自分も、戦で父も母も兄弟も殺されたからです。
家族を失う事の悲しさを知っている子供は竜の為に泣きました。
その様子を見て竜は、残された死ぬまでの数百年をこの子供の為に使ってやろう。と思いました。
と、云うのも
子供の怪我を治す為にほんの一滴飲ませる筈だった自分の血を、うっかり多く与えてしまった為に、この子供は普通の人間の時間を生きられない身体になってしまったからです。