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逢魔ヶ刻

 前章までのあらすじ。

 八重樫なずなは俺が思っていた以上に駄目人間でした。ただ、その駄目さ加減に俺が一役かっていると思うと少しは罪悪感が――――いや、芽生えないな。うん。

 あらすじ終わり。

 目が覚めると、もう日が沈んでいた。夏時だということも考えると、七時を回っているかもしれない。いつのまにか部屋の灯りは点いていたので、暗いのは窓の外だけだった。蛍光灯の灯りに照らされると、寝起きの俺の頭も徐々に覚醒していく。少し伸びをして、ふと横を見ると八重樫がいた。

 八重樫ストーカーがいた。

「……なんでいんの?」

「おはようございます。泡沫様」

「……鍵は?」

「愛の障害は壊しつくす所存ですので」

 見ると、部屋の鍵は無残にも壊されていた。鍵というか、ドアノブ自体がまるで鈍器で殴りつけたようにひん曲がっていた。ストーカーというと開錠スキルをを連想するのだが、どうも八重樫はそういうのとは無縁のようだった。むしろ不器用なのだろうか。

 寝てる間に何かされたのではないかと少し自分の体を調べてみたが、特に変化は見受けられなかった。しかしそれは外面だけのことなので、一応八重樫に確認を取ってみる。

「お前、なんかしたか? というか何してたんだよ」

「ずっと泡沫様の寝顔を眺めておりました。可愛らしくも凛々しいお顔に感激し、ついでに少々発情していたところです」

「張り倒すぞ」

 言って、俺は枕を八重樫の顔面に投げつけた。八重樫は投げつけられた枕をキャッチして、それに顔をうずめる。

「泡沫様の匂い! 泡沫様の匂い!」

「急にテンション上げんな。変態か」

 お前俺と話してる時だってそんな大きな声出さなかったじゃねぇか。

 枕を奪い取り、遠くに投げる。投げた枕をキャッチしようとした八重樫の髪を掴んで強引に止める。ちょっと荒っぽいかもしれないが、こいつにはこれくらいが丁度いいだろう。

「って、なんか髪湿ってるぞ」

 風呂にでも入っていたのだろうか。八重樫は妙に髪の量が多いので、濡れてぺたんとするとむしろその多さが引き立つようだった。濡れた髪の毛が顔に張り付いていたが、八重樫は特に気にする様子もないようだった。

 しかし量が多いわりには艶もあるし結構きれいなんだよな。

 ……髪、髪ねぇ。

 トラウマになりそうだ。

「布団ありがとな」

 手を放して一応礼を述べると、八重樫も枕は諦めたのか大人しくなった。

「いえ。泡沫様のためならこれくらい。むしろご褒美です」

「ご褒美なのか」

「今日からは泡沫様の香りに包まれて眠ることができると思うと永眠したくなります」

「ほんとに永眠してくれ」

 言いつつ、適当に布団を畳んだ。できれば洗って返したいくらいだ。

「泡沫様。お目覚めして早々失礼ですが、私なりに先の物ノ怪が何故泡沫様を狙ったのか調べてみました」

「それで、何かわかったのか?」

「わかりませんでした」

「……そうか」

 俺は物ノ怪に対する知識はないので、八重樫がわからないというなら俺にはどうしようもない。叔母さんに連絡を取ることも考えたが、今の泡沫家の事情を考えると叔母さんも決して詳しくはないだろう。

 頼りになるのはストーカー女だけ。

 なんだかなぁ。

「言い訳をするわけではありませんが、これは家の資料で調べただけの結果です。このあと外に出て調べるつもりです。物ノ怪退治も済ませてしまいましょう。一刻も早く泡沫様の安全を確保致します」

「そうか、なら俺も連れていけ」

「駄目です」

 即答で八重樫は否定した。まるで俺がそう言うことが初めからわかっていたかのような早さだった。

「泡沫様はここにいてください。外に出ては危険です」

「それってつまりお前が一人で危険だってことだろう。なんだかんだ言ってるけどな、これでも一応感謝はしてるんだよ。お前がいなきゃ俺は死んでたかもしれないんだ」

 一人で何もできすに、あの黒に殺されてたかもしれないのだ。

「役には立たなくても楯くらいにはなるはずだ」

 どうしようもない女だが、俺の命の恩人なのだ。

「尚更駄目です。泡沫様を危険な目に合わせるわけにはいけません」

 だけど八重樫はさっきよりも強く否定した。言えば聞くと思っていたが、そういうわけでもないらしい。俺の言うことより俺の安全の方が優先だということか。よくできた従者のような奴である。

 仕方ない。気は進まんが……。

「八重樫」

「なんでしょうか」

「確かに今俺が出歩くのは危険かもしれない。でも、それはお前が俺を守ってくれたらなんの問題もないはずだぜ。俺はむしろお前の力を信じて一緒に行くと言ってるんだ。お前は俺の期待に応えてはくれないのか?」

 その瞬間、八重樫ははっとしたような顔をした。

「そんなことはございません。泡沫様の期待に応えない私は私ではありません。泡沫様は必ず私がお守りいたしますので、どうぞご安心して私の横にいてください」

「そうかそうか。さすが八重樫だぜ。俺をストーカーしていただけのことはある」

「そんな褒めないでください。全ては泡沫様への愛が成せる業です。つまり凄いのはいつだって泡沫様なのです」

「はっはっは。よせよせ、そんなこと言うまでもないことだ」

「はい。泡沫様の素晴らしさは言葉では言い表せないものですから」

 …………。

 なんとなくこいつの扱い方がわかってきた気がする。

 そんな感じでそんなわけで。

 今日はまだ何も食べていなかったので、出かけるよりも先に飯にすることにした。適当にあるもので済ませた。と、いうのは建前で実は冷蔵庫には食材と呼べるようなものが何もなかったのである。八重樫いわく。

「私は料理の技術がありませんので。技術というか、選択肢そのものが」

 本当に駄目人間だ。

 ちなみにレトルトのカレーを食べた。特にレトルトや出来合いのものを美味しいと思ったことがないが、カレーは別だ。あのチープな味がたまに食べたくなるのだ。

 飯を食べたあと風呂も勧められたが、入ってる間に何をされるかわかったもんではないので遠慮しておいた。若干カレー臭いが仕方ない。異性に会いに行くわけでもないのだ。気にしなくて大丈夫だろう。

 腹が膨れてから八重樫の家を出た。時刻は九時ぴっただった。八重樫は妙に意気込んでいるようにも見えた。気合いは十分のようだ。

「で、それはなんなんだ?」

 俺は八重樫が持っていた銀色の振り子を指さしながら言った。八重樫はそれをぶらぶらさせながら答える。

「これはダウジングです。俗にペンデュラム・ダウジングと呼ばれるもので、これで昨夜の物ノ怪の気配を辿ります。どこか根城にしている場所があればそこから情報が得られるかもしれませんし、仮に物ノ怪本体に出会ったとしても倒してしまえばいい話です」

「ダウジングって、金属探知みたいなもんじゃなかったか? オカルト方面にも活用できるんだな」

「というより、もともとダウジングというのはオカルト的な技術だったんです。悪魔と結び付けられる時代もあったようです」

「へぇ。にしたってそれ西洋の技術だろ? 西洋の技術で日本の物ノ怪を探すってのもおかしな話だな」

「こういうのも和様折衷というのでしょうか。和装メイドとか」

「和装してるとメイドっていうより侍女って言った方がそれっぽい気がするな」

「泡沫様の和装メイド姿が見たいです」

「俺のかよ!」

 一体どの層に需要があるんだよ!

「なら私が着ればよろしいでしょうか。泡沫様がそう仰るなら……」

「仰ってねぇよ」

 泡沫様を変態にするんじゃない。

 言いつつ、散策を開始する。

 閑静な住宅街だった。道路の幅は狭く、車が通る時は苦労しそうだ。そのせいもあってか車通りは少ないようで、静かでいいところだと思った。同じような家が立ち並ぶなか、銭湯にあるような男と書かれた暖簾のれんを玄関にかけた妙な家も見つけた。赤青黄とまるで信号機のように並んだ三つの家も見つけた。こうしてあてもなく歩くと普段はあまり意識しないようなものまで見えてきて面白かった。

 夜の街路灯に照らされるように蝙蝠が数匹民家の屋根にぶら下がっていた。物ノ怪がいるのならば、吸血鬼もいるのだろうかと、ふと疑問に思った。

 八重樫は振り子を見つめながら、右へ曲がったり左へ曲がったりを繰り返す。俺はその後ろをついて行った。かなり手持無沙汰だった。手ぶらなので尚更だ。

「ところで泡沫様、手ブラと『ぶら』の部分をカタカナで書くと途端にエッチになりますよね」「どうしてお前はそう突然アホな話題を振ってくるんだ……」

「昔、友達と遊び行く約束をした際、手ぶらで来てもいいよと友達が言ったのをボケだと勘違いして『いやさすがに服は着てくるよ』とツッコんだことを思い出しました」

「そんな恥ずかしいこと告白せんでいいわ」

「泡沫様の手ブラが見たいです」

「だからどの層に需要があるんだよ!」

「八重樫層ですかね」

「層っていうか個人じゃねぇか」

「層ですね」

「いや層じゃなくて……」

「層ではなくてそうということですか」

「上手くねぇよ」

 ややこしいわ。

「突然話題を変えますが、層と屑という文字はどことなく似ていますよね」

「アホな話題からまるで変わってないぞ。なんか似てるっていう考えをやめろ。ほんとにアホみたいに見える」

「泡沫様! 屑と屓という字も似ていますよ!」

「ちょっとは考えてから喋れ!」

 なんかもうお前のテンションの上がり所がわからねぇよ。

「これだけ似ていると贔屓という文字の『屓』を『屑』や『層』に変えてもばれないかもしれませんね」

「そうだな。お前だったら簡単に引っかかりそうだな」

 何故だろう。中卒だと聞いてから、余計にこいつが馬鹿に見えてきた気がする。いや、おそらく最初から馬鹿なんだろうけれど、中卒という単語だけで三割増しくらい馬鹿に見える。これも学歴社会の弊害なのか。

 ゆとり教育の実害は目の前にいるけども。

 いや、個人の問題か。

「なあ、八重樫。お前どうして高校辞めたんだよ」

「勉強めんどくさくて」

「わかりやすい屑だ!」

「え、層ですか?」

「口で言ってんだから間違えるはずないだろうが!」

「あまり虐めないでください、泡沫様。泡沫様のような完璧な方から見れば私ごとき凡人はどうしたって霞んで見えてしまうものなのです」

「虐めてるつもりはないんだが」

 お前が勝手にボケているだけだ。

「まあ性的な意味で虐められるのであれば大歓迎なのですけれど」

「自由だなぁ、お前……」

 今更になってではあるが、俺はこいつが高校生をやっている姿を想像できない。一日とちょっとしか話してないが、そういう枠に嵌るような奴には思えないのだ。高校に進学したことさえ現実味がないくらいだ。

 あと制服とか似合わなそう。大体髪が長すぎるのだ。どうせ無職で暇なのだから美容室にでも行けばいいのに。しかしそれを言うと「泡沫様を愛するのに忙しかったのです」とそんなことを言いそうなので、俺は口をつぐんだ。あまり持ち上げられても気分が悪い。

「おい八重樫。何かわかったか?」

 手持無沙汰感が増してきた俺は少しでも物ノ怪の話題に触れようと話を振った。すると、八重樫は首を横にふるふると振った。

「一応、奴の穢れの痕跡のようなものは感知できるのですが、それ以上は……」

「そうか。無理しない程度に頑張ってくれよ。頼りになるのはお前だけなんだ」

 そんな俺の言葉は八重樫の中の何かに火を点けてしまったらしく、八重樫は今まで見たこともないような活力に満ち溢れたような眼で『はいっ』と短く返事をすると、歩幅を大きく歩き始めた。

「無理すんなっていったそばから力んでどうすんだよ……」

 八重樫に聞こえないよう小さく呟いて、俺は彼女の歩幅に合わせるようにして歩いた。

 無理矢理にでもあいつを休憩させる言葉を考えておこう。


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