フォーグレンの神官6
「さてと、そのままじゃ目立つよな」
アルビーナの生家のあるカルグレンの街はフォーグレンの東から少し離れたところにあった。飛んで行く手もあったが、アルビーノやミシノに自分達が追っていることを悟られる可能性もある。
三人は街の抜け、馬車を使い、カルグレンへ向かうつもりだった。
「お嬢さんは、髪の毛をつければ、立派な貴族のお嬢さんに見えるよな」
ロセは嬉しそうに弾んだ声で、力を使う。するとターヤの坊主頭がくるくる巻き毛の金髪頭に変化した。
「……はずかしい」
ターヤは真っ赤になりながら髪を押さえる。
「かわいいなあ。お嬢さん。市場で見た時もそう思ったが。やっぱり金髪姿のほうが似合うよ。神官やめて俺の彼女にならない?」
「市場で……。そんな風に僕を見たのか?だいたい、神官のくせに、なんでそんなこと考えるんだよ。この変態神官!」
「変態?!普通の考えにすぎないぜ。だいたい、火の神殿が厳しすぎるんだよ。女の子に髪を剃り落させるなんて、なんてもったいないことを!」
「もったいないって。神の力を借りるんだから当然じゃないか。水の神殿の神官はみんなあなたみたいな変態なの?」
「だからお嬢さん。変態じゃないって!」
「変態は変態だ!だいたい、僕はお嬢さんじゃない!ターヤって立派な名前があるの」
「ふーん。ターヤね。かわいい名だ」
「!」
ふいに真顔でロセにそう言われ、ターヤは顔を真っ赤にした。
ロセはターヤのそんな様子に意地悪く笑うと、人差し指をターヤに向けた。すると焦げ茶の神官服がピンク色の可愛らしいドレスに変化した。
「なっつ?!」
ターヤは着たこともないドレスにますます顔を真っ赤にさせる。
「ロセ、遊びはその辺にして。行きましょう」
センの冷静な声がしてパチンと指を鳴らす音がした。一瞬でターヤの巻き毛がストレートの金髪になり、ドレスがピンクでなく空色に変化する。そしてセンは自分の姿を黒髪の美青年の姿に変化させていた。
力を使いたくなかったが、姿を変えることはロセの言うように必要だった。
「なんだ、地味な外見だな。しかも男か。あんたなら絶世の美人に変化できそうなのに」
「お褒めの言葉ありがとうございます。時間がありません。急ぎましょう」
センはロセをそうあしらう外に出るため、階段を下りはじめた。ターヤはアッカンベーと舌をぺろんとロセに見せると、センの後を追った。
「あちゃー嫌われちゃったかな」
ロセは肩をすくめると二人の後を追って階段を下りた。
☆
「君は誰だ?」
目が覚めると隣には真っ赤な髪の女性が寝ていた。女性はハーヴィンの声に反応して、目を覚ます。そして毛布で体を隠すこともなく、体を起こした。
ハーヴィンは顔を赤らめながら女性のしなやかな肢体から目線をそらした。
「照れてるの?王子様もかわいいわね。さっきはあんなに激しく抱いてくれたのに」
「……抱いた?」
女性の言葉にハーヴィンは顔をしかめた。
自分が抱いたのはセンのはずだった。
しかし抱く前に焚かれた甘い香がハーヴィンの思考を奪ったのは確かだった。
「思い出した?あなたはセンの姿の私を抱いたの。センよりもうまいと思うけど?楽しんでくれたかしら?」
「……センはそんなことはしない」
赤毛の女性ーーアルビーナはハーヴィンの悔し紛れの言葉に苦笑した。
「隠さなくてもいいわよ。王子様とセンはいい仲だったんでしょ?だから、あんたはあたしじゃなく、センを選んだ」
アルビーナの言葉にハーヴィンは眉をひそめた。そして目の前の女性をまっすぐ見つめた。見覚えのある顔だった。
そうあれは、センと出会った二年前、護衛と家庭教師用の神官の選考会だ。
この女性は確かセンと仲良くしていたアルビーナ……。
彼女は神官の中ではセンと同じくらい、力のあるものだった。
しかし私はセンに囚われた 。
そしてセンを選んだ。
ハーヴィンの選択の結果、アルビーナが神殿を飛び出したことを大神官から聞いていた。
これが原因で、センの態度が変わったこともハーヴィンは把握していた。
センは私を恨んでる……。
しかし、それでも私はセンを手元に置きたかった……。
「王子様?思い出してくれた?あの、二年前、あんたは神官だったあたしに会ったわよね?あの時あたしは本当馬鹿だったわ。くそ真面目に力を比べた。上級神官の中で、あたしに敵う者なんていなかったのに」
アルビーナはベッドから降り、真っ赤なガウンを羽織る。
「まあ、いいわ。昔のことだもの。とりあえず、あんたにはしばらくここにいてもらうわ。『神石』を手に入れるための人質だから」
「人質?」
ハーヴィンが聞き返すが、彼女は何も答えず彼にただ背を向ける。そして部屋を出て行った。
部屋に取り残された彼はため息をついて天井を見上げるしかない。
センの姿に化け、ハーヴィンを誘拐したアルビーナ。
そして彼の身柄と引き換えに『神石』を手に入れようとしている。
二年前の恨みか、はたまた『神石』の力ためか……。両方だろうな。
しかし『神石』を渡すわけにはいかない
『神石』は神殿で保管しなければならないからだ。
自分のために『神石』をアルビーナに渡してはならない。
彼は立ち上がり、思いにふける。
セン……。彼女は大丈夫だろうか。
アルビーナはわざとセンの姿で私を誘拐したはずだ。
兵士に囚われている可能性が高い。すまない……。
すべては二年前の私の行動が起因となっている。
神官である彼女に恋をするのは間違っていた。
しかし気持ちを止められなかった。
あの憂いの篭った瞳に見つめられたかった。
あの静かな声を近くで聞きたかったのだ。
ハーヴィンは首を横に振り、大きく息を吐いた。
そして拳を握りしめる。
今はそんなことを考えている時ではない。
ハーヴィンは握った拳を開けると、自分が今すべきことを考え始めた。