フォーグレンの神官82
口から、鼻から水が入ってきた。
そういえば、海で泳いだことなかったっけ。
ロセは海の底に落ちていくのを感じながらそんな間抜けなことを思っていた。
こんなことなら、泳ぐ練習しときゃよかったな……。
ターヤ……。
今頃目を覚ましてるか?
元気にしてるか?
ごめん。
センさんを助けられそうもない。
体が痛くて動かない。
息も苦しい……。
ターヤ……。
ごめん……。
ターヤ……。
ふいに名前を呼ばれた気がして、ターヤは草原から体を起こす。
心臓がどきどきしていた。
あの声はロセさんだ……。
なにかあったのか?
「火の神!」
ターヤは迷わずそう呼んだ。
「なんだ?決心は固まったのか?」
青い空から深紅の龍が舞い降り、ターヤにそう問う。
「ロセさんの様子が知りたいんだ?あなたならわかるでしょう?」
「わかるぞ。でもその前に、ワタシと契約しろ。ワタシの力を借りた後、ワタシを解放すると」
「……わかった。でも全てが終わった後だ。水の女神のことも、すべてだ」
「もし契約を破ったら、お前を殺すぞ。いいな?」
「……わかった」
ターヤの返事を聞くと火の龍、火の神は人体化した。そしてターヤの手を掴み、手のひらを開かせる。
「っつ」
「契約だ。今度こそ約束を守ってもらわないとな」
火の神は長く伸ばした爪でターヤの手の平をひっかき、美味しそうにその血を舐める。
「お前がワタシを解放しないとお前は死ぬ。わかったな」
「わかってる。だから早く、ロセさんを!」
ターヤはずきずきする手を握りしめると、火の神を睨みつける。火の神は嫌味な笑みを浮かべた後、龍の姿に戻った。
「早く乗れ、連れて行ってやろう」
ターヤは頷くと龍の背中に乗った。龍は咆哮を上げると空高く舞い上がった。
「……ロセさん!ロセさん!」
「ターヤ……?」
ロセは目の前で涙をぽろぽろとこぼしているのがターヤだと気づき、驚いた。そしてその側に真っ赤な髪を逆立て男を見て、眉をひそめる。
「ごめん。僕が迷ってる間に、こんな目に合うなんて」
「な、何言ってるんだ?」
「僕はもう決めたから。みんなを守るんだ。父さんと戦うから」
「ターヤ?」
ロセはターヤの言葉の意味がわからなかった。しかし、ターヤの辛そうな様子は理解できた。
ロセは泣きじゃくるターヤをぎゅっと抱きしめたかった。身体のあちこちがきしんで、自由にならない自分の体を恨んだ。
「ターヤ」
ロセが必死になって手を動かし、その頬に手が触れそうになった時、ふいに男――火の神が森の方をみた。
「ターヤ!」
そして強い口調でターヤの名前を呼ぶ。
「人がくる。あいつなら、こいつを安全な場所に連れていくだろう。戻るぞ」
「でも!」
「お前の本体はここではない。本体を長く離れると元に戻れなくなるぞ」
「……わかった」
ターヤは悔しそうにそう答えると、抱き抱えていたロセの半身をゆっくりと砂浜に横たえた。
「ターヤ……?どこに行くんだ?」
「安心して、ロセさん。僕が全てを終わらせるから」
「ターヤ?」
ロセが体を起こそうと無理をする。すると火の神が頭を軽く触った。
「ゆっくり寝てろ」
ロセは火の神に触れられ、気を失う。
「火の神!何を!」
「意識があると面倒だからな。今こっちに歩いてくるのはシュイグレンの第一王子だ。あいつならまともな奴だ。城まで運んでいくだろう」
「城……」
「さあ、ターヤ。戻るぞ」
有無を言わせぬ様子で火の神がターヤの肩を掴む。
するとターヤは気が遠くなるのを感じた。
ターヤの薄れゆく視界の中で、馬に乗った第一王子の姿がかすかに見える。青い目に金色の髪をした姿はどことなく、ティアナに似た王子だった。




