フォーグレンの神官79
「センさん!」
ロセは船の中でそう叫びながら、走っていた。跳び掛ってくる兵士を自由にならない手を使い、なぎ倒す。
フォーグレンで兵士として過ごしていた期間は無駄ではないようで、ロセはなんとか逃げきれていた。
「ロセ!」
後ろから氷の矢が放たれる。
まずいな……。
ヤワンと他の水の神官が追ってくるのがわかった。
ロセが倒した兵士達に道を塞がれて、今のところ追い付かれはしないが、かけらの力を持つヤワン達がロセを捕まえるのも時間の問題に思われた。
「センさん!」
ふいに前方の扉が開かれ、探していた人物が姿を見せる。
「センよ。そいつを殺すのだ」
センの後ろから姿を見せたデイがそう言うと、センが深紅の『神石』のかけらを鞭に変えた。その黒い瞳にいつもの強い光はなかった。
「!」
振り下ろされた鞭に防ごうと反射的に出した両手に痛みが走る。両腕から血が飛び散る。しかし、鞭は同時に手首を結ぶ縄を立ち切った。
「センさん、なんで!」
『俺が調合した薬はよく効くからな』
ヤワンの言葉を思い出し、ロセは舌打ちをする。そして再び振り下ろされた鞭を体を捻って避ける。
薬か……。
薬を盛られたのか……。
人形のように表情の変わらない美しい顔で、センは規則的に鞭を振り下ろしていた。
センさん!
ロセは横の扉を蹴り破ると、部屋に入り込む。
そして上に登る階段を発見し、駆け昇った。後ろからセンが追いかけて来るのがわかった。
「センさん!正気にもどってくれ!」
甲板に出たロセはセンに向かってそう叫んだ。しかしセンの表情が変わることはなかった。
甲板にいた兵士達がロセを取り囲む。
「ロセ、観念したほうがいいぜ。なんならお前も殺さず、この火の神官のようにしてやろうか?」
ヤワンが息を切らせながら、甲板に上がってくるのが見えた。
薬を盛られた終わりだ。
俺が生き残れば、センさんを元に戻せるかもしれない。
ロセは船端ににじりより、眼下を見た。下は海だった。
高度はそんなに高くない。行けるか?
「さあ、ロセ。どうする?」
ヤワンは微笑みながらロセに近づいた。
ロセはセンを見つめた。あいかわず冷たい人形のような表情をしていた。
センさん、待っていてくれ。
必ず元に戻すから。
ロセは船端に体を乗り出すと、そのまま跳び下りた。
「くそっつ!」
ヤワンが慌てて追うが、見えたものは海に吸い込まれるロセの姿だった。
「ヤワン。逃がしたか。のんびりしてるからだ」
デイの嘲笑するような声が聞こえ、ヤワンは舌打ちをする。そして、ロセを追おうと船の縁に手をかける。
「ヤワンよ。放っておくのだ。水の神官一人ごとき、放置しておいても我らを止めることはできない」
いつからそこにいたのか、ラズナンが姿を見せた。
「それよりも見るのだ」
ラズナンがそう言って前方を指差す。前方に青々と豊かな自然を抱く大陸が見えた。
「まもなく南の大陸にはいる。戦闘準備をするのだ」
「はっつ」
ヤワンはそう答えると船端に背を向けた。そしてラズナンの側に歩み寄る。
デイはラズナンに軽く頭を下げると、センの肩を抱き、後方の別の船に乗り移る。
左からの強い太陽の光が空を飛ぶ船隊を照らした。
光を受け、甲板に立つ兵士達の鎧が煌めく。
ラズナンは船隊の先頭に立ち、横からの光に眩しそうに目を細めている。藍色の生地に金色の刺繍がされたマントが風にひらめき、その銀色の髪は光を浴び光沢を放っている。それは煌めく船隊を率いる王者にふさわしい姿だった。




