表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォーグレンの神官  作者: ありま氷炎
第1章 火の『神石』
8/133

フォーグレンの神官5

「ハーヴィン殿下、ハーヴィン殿下」


 ハーヴィンは自分を呼ぶ声で目を覚ました。そして自分を見つめる黒い瞳を見て、ほっとした。


「セン…。何があったんだ?」


 後頭部に痛みが残っていた。センと唇を重ねたのを覚えている。


「ハーヴィン殿下。私は宮殿からあなたを私の住処に連れてきました。ここで私と暮らしてもらいます。いいですね?」

「……どういう意味だ?」

「あなたは私に誘拐されたのです。私を信じたあなたが悪いのです」


 センの姿をしたアルビーナは妖艶に微笑んだ。


「でも私があなたを愛しているのは変わりません」


 アルビーナはセンの姿でそう言葉を続けた。そしてベッドの側にある香炉に火の力を使い、火を灯す。甘い、気持ち悪くなるほど甘い香りが漂い、ハーヴィンは頭痛が始まるのがわかった。


「セン?何をする気だ?」

「ハーヴィン殿下。私とふたりで暮らしましょう。あなたが必要なのです」


 アルビーナはセンの姿でどこか妖婦のような笑みを浮かべたまま、ハーヴィンの頬に触れた。


「セン……」


 お香の甘い香りがハーヴィンの思考を奪っていく。

 まだ考える力がある今なら、逃げることもできたはずだった。

 しかしハーヴィンは自らその道を選ばなかった。

 このままセンの術にはまり、センと共にいたいと願ったのだ。


「セン……」


 ハーヴィンはアルビーナの背中に手を回すと、噛み付くように口付けた。アルビーナはハーヴィンの口づけに答え、その腕に身をゆだねた。



「汚い……」


 ロセの借家に入り、ターヤが開口一番に言った言葉がそれだった。部屋の中では脱ぎ捨てられた服が散乱し、お酒の瓶が転がっていた。


「俺はいそがしいからな」


 ロセは悪びれる様子もなく、二人の座る場所を確保するために床に落ちたものや、机に載っているものを集め始めた。

 ターヤは嫌そうにその作業を見て、センは窓の外に目を向けていた。

 彼女は自分に化けた神使人しんしとがアルビーナであることが信じられなかった。


 二年前に王子の警護兼家庭教師に選ばれたセンに、彼女は『私は絶対にあんたを許さないから』と言葉を投げつけ、神殿を出て行った……。

 あの時の彼女の姿を忘れたことはなかった。


 八歳の時に神殿に連れて来られて、アルビーナに会った。

 娼婦の母の元から入殿させられた自分を、神官達は見下した。しかしアルビーナは自分に対等に接してくれた。見習いから神官になり、下級、上級と位が上がっていくもの一緒だった。

 上級神官になったことを共に喜んだことを、センは今も昨日のように覚えている。


「さてと、ここに座って」


 ロセの声でセンは我に返った。ロセは二人の座る場所と、ポンポンとベッドを叩く。すると埃が部屋に舞い上がり、ターヤとロセは咳き込んだ。しかし、他を見渡してもここよりいい場所が見当たらず、二人は黙ってベッドに腰掛けた。

 ロセは壊れかけた椅子を掴みとベッドの前に置くと、二人に向かい合う形で座った。


「さて、これでゆっくり話ができるぜ。センさん、あんたとアルビーナは確か友達だったんよな。今彼女がどこに住んでいるかわかるか?」


友達……。そんなことまで知ってるのか。


 ロセの情報網に驚きながら、センはロセを見た。


「その前、私から聞きたいことがあります。なぜ、あなたはアルビーナが私に化けたと思うのですか?彼女ではない可能性もありますよね?」

「王子を浚ったのはアルビーナだ。そして共犯の神使人しんしとはミシノ。ミシノは俺と同じ水の神殿出身だ」


ミシノ……?


 ロセがミシノの名前を口にする時、すこし瞳に影は見えた。しかしそれは一瞬でセンは深く考えるのを止めた。


「俺はシュイグレンから消えたミシノを追っていた。そして奴がフォーグレンの神使人しんしとアルビーナに接触するのを確認している。宮殿で王子が浚われる時、俺は少し離れたところから見ていたが、ミシノの姿が見えた。奴とセンさんに化けたアルビーナは、青い『神石』のかけらを使っていた」


 ロセはそこで言葉を止め、センの額に輝く赤い『神石』のかけらを見た。


「あれがあんたであれば、青ではなく赤のかけらをつかうはずだ」


 センは黙って視線を床に落とした。ターヤはロセとセンの顔を交互に見つめる。


 アルビーナはセン同様、ターヤの先輩だった。

 癖のある神官ではあったが、ターヤに豪快にいろいろなことを教えた。命の恩人で師のセンと比べようもないが、アルビーナもターヤによっても頼れる存在だった。


「その状況から、私に化けたのがアルビーナである可能性は高いですね。しかし、そう決まったわけではありません。アルビーナに直接確かめましょう。彼女の生家は確か、フォーグレンの東のカルグレンの街だったはずです。」


 センはベッドから腰を上げ、決意したようにロセを見た。


 二年の間、怖くて連絡をとらなかった。

 最後に真っ赤に腫れた瞳で自分を見たアルビーナの姿がまだ頭に焼き付いている。

 あの時、選ばれるべきだったのは自分ではなくアルビーナだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ