フォーグレンの神官76
センは目を覚ますと、体が動かせないことに気がついた。体が縄で柱にくくりつけられていた。周りを見渡すと自分が倉庫のような部屋にいることがわかった。
しかし、それは建物の中ではない。柱から振動を感じ、部屋全体が動いているような感じだった。
「ロセ?」
一緒にいたはずのロセの名前を呼んでみる。しかし、反応はなかった。
確か首の後ろの付け根を打たれたのを覚えていた。最後に聞こえたあの声はおぞましいあの男のものだった。
あの男……デイにつかまったのか?
ロセはどうなったんだ?
一緒につかまったわけではないのか?
状況をもっと理解しようと体を動かしてみる。しかし体を柱に縛り付ける縄はきつく、びくともしなかった。薄暗い部屋は窓がなく、自分がどこにいるのか判断ができなかった。
くそっつ。
センが焦りの表情を浮かべて、もがいているとギイっと扉の開く音がした。
入ってきた男はデイだった。
「目覚めたのか」
楽しげなデイの声がセンに届き、ぞっとするのがわかった。
男の声を聞くと二十年前の出来事を思い出し、おぞましい気持ちになった。
「今、どこにいるか知りたいか?フォーグレンに向かう船の中だ。もっとも船といっても空を飛んでいるんだがな」
デイは手にもつ三又の鉾をくるくると回転させながら、センに近づく。
「デイ、どうしてお前はラズナンに加担してるんだ?世界を征服したいのであれば、ラズナンの力などいらぬだろう?」
「さあな、なんだと思う?」
デイはセンの問いにそう返事をしただけだった。
デイだけであれば戦いと言えども犠牲が少なくてもすむ。
そう思い口にした言葉だった。
デイがラズナンと決別すれば国同士の戦いは避けれたはずだった。このままではシュイグレンとフォーグレンの両方で多大な犠牲が出る恐れがあった。
「それより。女。お前、自分の心配をしたほうがいいと思わないか?俺の体を焼いたお前を俺が生かしておくと思うのか?」
「……」
デイは三又の鉾先にセンの咽喉元に付きつけながらそう言った。
『神石』のかけらは気を失っている隙に奪われたようだった。自由が効かない今、センには打つ手がなかった。
「どうやって、殺そうか色々考えた。そしていい手を思いついた。殺すよりも生かして苦しめていた方が面白そうだからな」
デイは鉾を突き付けるのを止めると、懐から小さな瓶を取り出した。
「これが何かわかるか?思考を奪う薬だ。これをお前に与えたら、面白いだろうな。俺の楽しみのためにお前を生かせる。お前の力は素晴らしいからな。フォーグレンの奴らを皆殺しにするのに役立ってもらおう」
「!誰が!」
センがそう叫んで睨んだが、デイはその顎を砕けるくらい力強く掴んだ。そしてその口を無理やりこじ開ける。
「さあ、俺の人形になってもらおう」
デイが小瓶のコルクを歯で抜いたのがわかった。
嫌だ!
センが逃げだそうと試みるが、体を柱に縛り付ける縄は固く結ばれたままでゆるまなかった。そしてデイの手はセンの顎を掴んだまま、放さなかった。
瓶の口が唇に当たる。口を閉じようとしても、デイの手がそれを許さなかった。
苦い液体が体に流れ込むのがわかった。
すると体が熱くなり、意識がぼんやりとしていくのがわかった。
薄れる意識の中、頭に最初に浮かんだのは小さな少女だった。
背中まである長い黒髪に少女。
真っ赤な唇に、二重瞼の切れ長の瞳……。
ああ、あれは自分だ。
小さい時の、母と一緒にいた時の……。
次に浮かんだのは真っ赤な髪の女性……。
『セン、何やってるの!』
アルビーナ、ごめん……。
最後に浮かんだのは、褐色の肌の美しい王子だった。
『セン……愛してる』
ハーヴィン殿下?
それがセンの最後の想いだった。
想いは全て消えていき、センは何も考えられなくなった。
真っ白な羽毛がセンに向かって降ってきた。
それは粉雪の様で美しかった。
センはただ佇み、降り落ちる羽毛を見ていた。
白い羽毛は徐々に数を増し、センの姿を隠し覆っていく。
しかしセンは微動だにしなかった。
背景の色と羽毛の白色が一体化していく。
そしてセンを覆った羽毛はついに彼女ごと背景に溶け込み、見えなくなった。




