フォーグレンの神官72
「アルビー……、セン」
王室を出たカネリは後ろを歩くアルビーナを呼び寄せた。アルビーナは嫌そうな表情を浮かべたが、黙ってカネリの側に近づいた。
「アルビーナよ。誰にも気づかれずにティアナ姫をネスの部屋に連れて来るのだ。出来るな?」
カネリは、側に来たアルビーナに近づくと耳元でそう囁いた。アルビーナは理由を問おうとしたが、カネリの鋭い視線を間近で見てやめる。
「ティアナ姫を戦いの犠牲にするわけにはいかないのだ。わかったな」
「……」
アルビーナはカネリの物言いに、苛立ちの表情を一瞬浮かべたが、黙って頷くとティアナの姫にいる客殿に足を向けた。
「ハーヴィン様?」
「私は気分が悪い。しばらく睡眠を取る。わかったな」
部屋に、警備兵により強制的に連れこられたハーヴィンは、苛立ちを隠さずそう言うと部屋の扉を締めた。
警備兵達はため息をついたが、ハーヴィンの逃走を防ぐため、扉の両側に立った。
「あら、刺繍糸が切れてるわ。クリサ、持ってきてもらえる?」
「もちろんですとも」
侍女のクリサは微笑むと、刺繍糸を別室から取るために部屋を出た。
気分がすぐれないティアナにクリサは刺繍をすることを勧めた。ティアナはその提案に乗り、いつものように華やかな草花の刺繍をしていた。
部屋に戻っても、センを追ったハーヴィンの背中が脳裏にこびりついて離れなかった。
刺繍をしていると頭の中のもやもや無くなり、次はどの色で縫いつけるか、どこに針を刺すかだけを考え、悩みがどこかに行った。
悩むがあると刺繍をして、気を紛らわせるのがティアナの習慣だった。
「ティアナ姫」
ふとそう声が聞こえ、ティアナはその声が幻だと思った。
「ティアナ姫」
再度聞こえ、それが幻ではないことがわかった。振り返ると窓の側にハーヴィンの姿があった。
「どうしたのですか。こんな時間に、しかも窓からなんて」
「説明してる時間はない。私についてきてくれ」
ハーヴィンはそう言い、ティアナに近づくとその手を掴んだ。ティアナはハーヴィンの手の暖かさを感じ、自分の心が踊るのがわかった。
ハーヴィンはティアナの心を知ってか知らずか、表情を強張らせ、手を握ったまま窓に向かって歩く。そしてハーヴィンが窓に手をかけた時、声が聞こえた。
「お姫様を窓から逃がすつもり?」
「アル…セン!」
センの姿のアルビーナが窓の外にいた。『神石』のかけらを使い、浮いているようだった。
「ふうん。優しいだけの王子じゃないのね。お姫様を助けようとするその心意気だけは認めてあげるわ」
アルビーナは窓からひょいっと部屋の中に入る。そして驚くハーヴィンとティアナの目の前で変化を解いた。
「さあ、お姫様。王子様を置いて、あたしと一緒にいくわよ。死にたくないでしょ?」
アルビーナは二人の前で、赤い髪を振り払うと不敵に笑った。




