フォーグレンの神官70
シュイグレンの街は不穏な雰囲気に包まれていた。夜と言えども、普段は歓楽街からは賑やかな音楽が流れ、街には仕事を終えた人々が酒場や賭博場に向かう姿が見えるのだが、今日は姿が見えなかった。
人がいないわけではない。
人影は見えた。
しかし、その人影は鎧を着けた兵士達だった。兵士と言っても、正規の兵士はその四割のみで、後はズウとトィリが近隣の村や町から無理やり集めた青年や壮年だった。
戦いなど経験のない者が鎧を着けさせられ、剣や弓矢を持たされていた。
年ごろの若い者は十五歳から駆り出され、重い鎧を着けさせられた。
兵士となった人々の表情は皆怯えた顔をしており、憔悴しきっていた。正規の兵士ですら長年戦いというものを経験しておらず、緊張感が漂っていた。
「……デイよ。どうやってあの者達をフォーグレンに送るのだ?」
城の塔の中に作った王室で、ラズナンはデイにそう問うた。顔の大きさほどの小さな窓は破壊され、大きく開けられている。ラズナンはそこから眼下の様子を見下ろす。火をたき、それぞれ重い鎧を着け、剣や弓、鉾を持つ何千もの兵士の様子が見えた。
「飛んでいきましょう。水の女神の力を使い、兵士を船に乗せて飛ばすのです」
「……どれくらいかかるのだ?」
「半日もあれば、着くでしょう。フォーグレンに時間を与えてはなりません。夜が明けると同時に飛びましょう」
「そうだな。我も一緒に参ろう。見応えのある戦いを期待してるぞ」
「……お任せください」
ラズナンはデイの言葉に満足げに頷いた。そして青い瞳を煌めかせると視線を宙に向けた。
「ヤワンか?」
ラズナンがそう呼ぶと、短い巻き毛の青年ーーヤワンが現れた。ヤワンはデイに視線を一瞬だけ向け、ラズナンにかしずく。
「お前のほうの首尾はどうなのだ?見つかったのか?」
「隠れ場所は見つけました。仲間たちが向かっているところです」
「そうか。お前も行くがよい。火の神官もいるようだ。油断はできないだろう」
「はい。そういたします」
ヤワンはラズナンに頭を垂れると、背を向けた。そして一気に壁に開けられた大きな窓から飛ぶ。『神石』のかけらを使い、その体は一瞬だけ光ったが、闇にまぎれて見えなくなった。
デイはヤワンが消えた空に一瞬目をやった後、ふたたびラズナンに視線を向けた。
兵士の手配はデイに、セン達の行方はヤワンにゆだねられていた。
デイはその采配が気にくわなかったが、ラズナンに大人しくしたがっていた。
火の神の攻撃を受け、死んだはずのラズナン……。
その復活にデイは疑問をもたずにはいられなかった。
迂闊に手を出して、痛い目をみるよりも、状況を見守ることにした。
「ヤワン、来たか」
空から舞い降りたヤワンの姿をみて、ゲインはほっと息を漏らした。同様に他の者も安堵の表情を浮かべたのがわかった。
森の中にひっそりとたたずむキリカの家を男達は木の陰から見ていた。男達は水の神官だった。あの騒動で眠らされていた神官達の一部は、ヤワンの説得に応じ、ラズナン側についていた。
幼い時から神殿にいるものは神官以外に道を開くのを恐れるものが多かった。ヤワンはそれを利用して神官達にその地位の維持を約束し、その配下に治めていた。
ヤワンはラズナンの命を受け、火の神官とロセ達の行方を追っていた。フォーグレン攻略には火の『神石』は邪魔だった。そして水の神官を連れて、ロセが隠れ家に使いそうな場所を当たっていた。そして行きついた場所がキリカの家だった。
「ヤワン。本当にやる気か」
同僚のロセと戦うのを躊躇するゲインは静かにそう尋ねた。
「ああ、ゲイン。ラズナン様の望みなんだ。何も殺す必要はない。火の『神石』さえ手に入れればいいんだ」
ヤワンはそう答えると、『神石』のかけらを剣に変えた。
「さあ、みんな、行くぞ。準備はいいか?」




