フォーグレンの神官68
噴水の水の音がさらさらと聞こえた。中庭のいくつものランプには火が灯され、暗くなった庭に光をもたらしている。空が曇っているせいか、星が見えなかった。しかし、雲の隙間から時折月がその姿を覗かせていた。
ハーヴィンとティアナは中庭の中心部に設置してある木製の長椅子に腰をかけていた。
図書館からティアナを連れ出したハーヴィンは中庭を案内しながら、話をどう切り出すが考えていた。そして、休憩をしようと二人で長椅子に腰かけた時、ハーヴィンは自分の正直な気持ちをティアナに話すことを決めた。
ティアナは静かに自分を見つめ、気持ちを語るハーヴィンの話を黙って聞いていた。
そして、最後にはっきりと結婚はできないと言われた時、ティアナは苦しげに眉をひそめた。
「後悔しますわよ。ハーヴィン様」
ティアナはその青い瞳に強い光を湛え、ハーヴィンを見つめた。
「あの神官をそんなに愛してるのですか?神官と一緒になることはできないのですのよ?」
ティアナは詰るようにそう言った。その青い瞳は濡れていた。しかしティアナが涙を見せることはなかった。
「私ならあなたの側にずっといることができますわ。一緒にいてあなたをお慰めすることも出来ます」
ティアナの青い瞳は宝石にように輝き、ハーヴィンを魅了していた。その金色の髪は柔かなカーブ作り、ティアナの美しい顔を際立させていた。
美しい少女だった。
花のような可憐な少女だった。
しかし、ハーヴィンは視線を逸らした。
心の中にいるのはただ一人、センだけだった。
「私は諦めませんわ」
ティアナは掠れた声でそう言い、視線をハーヴィンから逸らした。しかし、ふいにその瞳を大きく開くと、ハーヴィンの腕を引いた。
「!」
ハーヴィンがバランスを崩した隙を狙って、ティアナがハーヴィンに唇を重ねる。その感触は柔らく、甘い香りがしたような気がした。
「……ハーヴィン殿下、王が御呼びです」
ふいに聞こえたその声にハーヴィンは慌てて、ティアナから身を引く。それは待ちわびていた声だった。ハーヴィンは声の主を見ようと立ち上がる。
「セン……帰って来たのか」
その清廉な顔を見て、ハーヴィンは心が踊るのがわかった。
「先ほどシュイグレンから戻りました。王が大事なお話があるそうです。急いでください」
しかしセンはそれだけ言うと、ハーヴィンにくるりと背を向けて歩き出した。ハーヴィンはティアナに詫びると、その後を慌てて追った。
アルビーナはカネリと共に王へ緊急謁見した後、第二王子のハーヴィンを連れて来るように王に命じられた。アルビーナは嫌々ながらハーヴィンを探しに庭に来ていた。
そして中庭でティアナと熱く口づけを交わしているハーヴィンの姿を見つけた。アルビーナはその様子に呆れ、怒りがこみ上げてくるのがわかった。センをあれほど愛してるといいながら、ティアナとも平気で口づけをするハーヴィンが許せなかった。
ハーヴィンは前を歩くセンの後姿を見ながらが、その様子がいつもと違うことに違和感を覚えた。大股で宮殿を歩く様子はセンらしくなかった。
「ハーヴィン殿下。あなたはセ……じゃなかった、私を愛してるのではなかったのですね」
ふいに振り向き、怒りの眼差しで自分を見るセンを見て、ハーヴィンはますます訝しげに思った。だいたいセンがこんなことを聞くわけがなかった。
「やはり、あなたはそう言う男なんですね!」
怒りを露わにそう言って、再び歩き始めたセンを見て、ハーヴィンは確信を持った。
そして周りに誰もいないことを確認すると、前を歩くセンを抱き寄せた。
「な、なにするのよ!」
その反応にハーヴィンは目を細めた。
「君はアルビーナだな?どうしてここにいる?センはどうしたんだ?」
「ふん、癇がいいわね。そうよ。あたしはアルビーナ。でも戦いにきたわけではないわ。センの手伝いをしてるのよ。放して!」
アルビーナは自分を抱くハーヴィンの手を煩わしそうに掴んだ。
「事情を話してもらおう」
「後でね。今は王と会うのが先よ。後でじっくり説明してあげるわ。面倒起こしたくないから、あたしの正体はばらさないでよね」
「……センは無事なのか?」
「当たり前よ。私が保証するわ。嘘だと思うなら私を殺すといいわ」
「……わかった」
センの姿のアルビーナに見つめられ、その瞳の中に覚悟を見た。ハーヴィンはアルビーナを解放した。
「さあ、行きましょ」
後方に誰からが来る気配も感じ、アルビーナはそう言うと足早に歩きだした。
「アルビー……セン。私が先にいく。王子より先を歩く臣下はいない」
苦笑ぎみにハーヴィンがそう言うと、アルビーナは嫌そうな顔をして立ち止まる。そして一礼をすると、ハーヴィンの後ろを歩き始めた。




