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フォーグレンの神官  作者: ありま氷炎
第4章 2人の娘
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フォーグレンの神官65

 タリザはラズナンを見つめた。

 目の前の男は確かにラズナンだった。

 敵などとは思えなかった。


「……ラズナン様を元に戻して貰うわ!」


 タリザは杖を両手で構えた。

 

 自分の愛するラズナンを元に戻したかった。

 例え、再び肌を交えることはなくても、元の王太子に戻って欲しかった。


 水の『神石』をデイから奪い返せば、元に戻るはずよ!


「火の神よ!」


 タリザの上空の火の龍の瞳が爛々と輝いた。


「わからない女だな」


 デイは吐き捨てるようにそう言うと、三又の鉾を掲げた。

 すると水の龍が咆哮を上げて、火の龍に襲いかかった。



 カネリはくらくらする頭を奮い起し、顔を上げた。するとぼんやりとする視界の中でデイに立ち向かうタリザの姿が見えた。その上空では二匹の龍が戦っている。


 タリザが火の『神石』を使っている…?


 考えなければいけないことはたくさんあった。しかし、これだけの殺戮を繰り返したデイを止めるのが先決だった。


 タリザが気を引きつけている間なら、奴に近づき水の『神石』を奪えるはずだ。


 カナリは重い体を起こすとデイに近づいた。


「女、戦いの邪魔するではない」


 ふいにそう声がしてカネリの前立ちふさがったのはラズナンだった。その手には剣を握られている。


「ラズナン殿下。あなたのお相手は俺がしましょう」


 剣を杖代わりにし、ようやく立ち上がり、ネスはそう言った。


「ネス。黙って寝てろ」

「こういう時は男の俺に任せておけ。お前はデイを頼む」


 ネスの言葉に腑に落ちないカネリであったが、頷くとラズナンに背を向けた。


「ラズナン殿下。あなたは立派な王太子のはずだ。元に戻ってもらうぞ」


 ネスは深呼吸をすると剣を両手で構えた。そしてラズナンを睨みつけた。




「?!」


 ふいに横から火弾が放たれ、デイは反射的に体を捻った。カネリはデイの腕に向けて、火弾を再度放つ。


「くそっつ」


 デイは痛みで三又の鉾を手放した。持ち主のいない三又の鉾はからんと床に落ちると、『神石』の姿に戻った。


「この!」 


 『神石』を拾おうとデイがしたが、カネリは鞭でデイの体を縛る。


「観念しろ!」


 鞭に力が入り、デイが呻き声をあげる。そしてカネリの視線の先で水の『神石』が別の者に拾われた。それはラズナンだった。


「カネリ……悪い……」


 ラズナンの足元で体を九の字に曲げながら、ネスが苦しげにそうつぶやく。


「ラズナン様。それをお渡しください」


 カネリはネスを気にしながらも、静かにラズナンを見つめた。

 しかし、ラズナンがカネリに答えることはなかった。

 上空で舞う火の龍の下で、目を深紅に輝かせるタリザにラズナンは声をかけた。


「タリザ……。一緒に行かぬか。二人で世界を作らぬか」


 ラズナンの声は穏やかだった。優しくタリザを抱いたあの時の声と同じだった。ラズナンはその青い瞳でタリザを捉え、微笑んだ。そしてその手をタリザに差し出す。

 

 二人で世界を作る。

 ラズナン様と二人で……。


 それは甘い囁きだった。


 誰も邪魔しない二人の世界。

 愛するラズナン様と一緒に過ごす世界……。


「タリザ!」


 カネリがタリザの名前を呼んだ。

 

 タリザがラズナンの目をじっと見つめているのがわかった。


 カネリはタリザの様子に危機感を覚えた。


 恋におぼれてはいけない。

 恋は破滅を呼ぶ。


「タリザ!」


 カネリは再度タリザを呼ぶ。

 しかし、その声がタリザに届くことはなかった。タリザがゆっくりとラズナンに近づくのが見えた。

 カネリは覚悟を決めると、デイを縛った鞭を放して、タリザに向かって走った。そしてその手から杖を奪い取る。すると杖は『神石』の姿に戻った。


「!?」


 タリザは驚いてカネリを見る。ラズナンが目を細めてカネリを見た。


 すまない。タリザ。

 世界を破滅させるわけにはいかないんだ。

 

 カネリは石に戻った『神石』を握り、目を閉じる。


「カネリ!止めて!お願い!」


 タリザはカネリがしようとしていることが分かり、叫んだ。

 しかしカネリはそのまま祈った。『神石』が杖に変化する。


「火の神よ!」


 カネリの声に応じて、火の龍が杖から現れる。そして龍はまっすぐラズナンに向かって飛んだ。


「火の神!!止めて!ラズナン様!」


 悲鳴を上げるタリザの前で、火の龍はラズナンをその口にくわえると空高く登った。

 

 そして空が光り、断末魔の叫びが聞こえた。


 空が暗闇を取り戻し、火の龍がカネリの元に舞い戻った。そして口に咥えた水の『神石』を彼女に渡す。カネリは息を吐くと、目を閉じた。すると杖が変化し、火の『神石』に戻る。


「タリザ……」


 カネリは両手に『神石』を抱えたまま、タリザの側にゆっくりと歩み寄る。


 タリザは床に座り込み、愛する男が消えた空を茫然と見上げていた。


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