フォーグレンの神官62
ラズナンはベッドから体を起こすと、外出用の服に着替えた。
ベッドの上の金色の輪を握りしめる。
選択肢はなかった。
タリザを救いたかった。
「王太子殿下!」
水の神殿の門番は、現れたのがシュイグレンの王太子ラズナンだとわかると顔色を変えた。そしてすぐさま大神官に取り次いだ。
少し待たされ、ラズナンは本殿に通された。
「ラズナン殿下。こんな時間にどうしたのじゃ」
水の大神官ルイはラズナンに椅子をすすめ、向かいの席に座った。
ラズナンは王太子として、類まれなら才能、荘厳な心を持っており、ルイは絶対的な信頼を置いていた。まさ『神石』を狙っているなど、考えも及ばず、ルイはネスやキィラを本殿に呼ばなかった。部屋にはラズナンとルイの二人だけであった。
ラズナンは出されたお茶を飲みながら、ルイの後ろにある女神像に視線を向けた。そしてその手の平に青色の石があるのを確認した。
「大神官殿。その女神の手の平にあるのは『神石』か?」
「そうじゃ」
「少し見せてもらってもよいか?」
ルイは少し迷ったそぶりをみせたがラズナンなら構わないと判断し、席を立つ。そして『神石』を取るために、彼に背を向けた。ラズナンはその瞬間を狙い、腰を素早く上げ、ルイの背後に立った。
「!」
気配を感じルイが振り返るよりも先に、ラズナンはその首の付け根に手刀を叩きこんだ。
「すまぬ」
気を失い、崩れるルイの体を支え、ラズナンはゆっくりと床にその体を寝かせた。
「『神石』か…」
ラズナンは女神像の前に立ち、青い光を放つ石を見つめた。初めて見る『神石』であった。石は蝋燭から離れているのにも関わらず光を放っていた。
光はラズナンの青い瞳に呼応するように瞬く。
『ラズナン…』
誘われるように『神石』を触ると、脳裏に声が聞こえた。
それは愛しいタリザの声によく似た声だった。
『私と共に生きましょう。あなたに世界をあげるわ。だからあなたの心を頂戴』
頭の中に映像が現れる。
「タリザ……」
タリザと同じ顔の、しかし美しい青い髪を持つ女性が微笑んでいた。
タリザでないことはわかっていた。
しかしその声、顔は同じであった。
『さあ、私と共に…』
抗えない何かが沸き起こってきた。
ラズナンはタリザに似たその女性に誘われるまま、唇を重ねる。
「!?」
急激に何かが体から抜けていくのがわかった。それは青い光となり、『神石』に吸い込まれていく。
そして、ラズナンは自分の心が軽くなったのがわかった。気分が高揚し、何でもできるような気持ちだった。煩わしい想いなど何もなかった。
「驚いた。結界が消えてる。普通の人間に『神石』が操れるのか?」
ふいにそう声がして、デイが部屋に現れた。そして様子の変わったラズナンを見る。
「デイか。よくまいったな。残念なことに我ができるのはここまでだ。後はお前がやるがよい。我の下で世界を統治するのだ」
予想外の申し出、ラズナンの変わり様にデイは仮面の奥で考えた。水の『神石』を入手した今、ラズナンは邪魔であった。しかし、タリザがもし火の『神石』を持って来た場合、ラズナンの配下にいれば、その力は敵ではなく味方になるはずだった。
邪魔者をすべて消した後に、ラズナンとタリザの処理は考えよう。
デイはそう結論を出すと、ラズナンにひれ伏した。
「ラズナン様、仰せのままにいたしましょう」
デイの言葉にラズナンは満足げに笑うと、『神石』をデイに渡した。デイは『神石』を三又の鉾に変化させる。
部屋を出ようとするラズナンの懐からタリザの金色の輪が床に落ちる。しかし彼はそれを拾おうともせず、デイと共に部屋を後にした。




