フォーグレンの神官61
弾力のある体だった。
助けを求めるように背中を抱きしめられた。
いつもと違う憂いを帯びた視線、痛みを堪えるように閉じられた唇、
上気する頬、すべてが愛しかった。
その体、すべてを知りたかった。
「おい、王太子。起きろ」
そう声がして、ラズナンは目を覚ました。そして、仮面の男が自分を覗きこんでいるのを見て、枕元の小剣に手を伸ばす。
「おっと動くな。刺さるぞ」
「?!」
首に微かに痛みが走った。見ると剣先がぴたっと首に当たっているのがわかった。先ほど動いたせいか、皮がすこし切れたようだった。
「何用だ?」
仮面の男がここにいる理由がわからなかった。
確かタリザと共にいたはずだった。
しかし、側にタリザの姿は見えず、不躾な男が剣を突き付けている。
ラズナンは状況が見えず、デイを睨みつけた。
「何用か?なんだと思う?俺はお前と取引をするためにここに来た」
「取引?そのようなものお前のような輩とするわけがなかろう」
自分の命を狙う者などと、取引などするわけがなかった。
「そうか?王太子。これを見てみろ」
デイは剣をラズナンに突き付けたまま、懐から丸い小さな金色の輪を取り出す。そして ラズナンに見えるようにベッドに放った。
ラズナンはじっとそれを見つめた後、顔色を変えた。
「わかったようだな。これはあの女の耳飾りだ。覚えているか?お前が気を失う前、何があったか?」
記憶が混濁していた。
そして、脳裏にタリザの叫び声が蘇る。
そうだ。
我はこの男の術にかかり、氷に閉じ込められた。
「思い出したか?俺はお前を助けた。女の代わりにな。女は預かってる」
「?!」
「返してほしいか?あの女、美味そうな女だよな。王太子」
「……くっつ。何が望みだ?」
ラズナンは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
男の取引に応じるしかないのが悔しかった。
タリザをむざむざとさらわれた自分がふがいなかった。
「水の『神石』だ。王太子なら、簡単に神殿に、そして大神官と面談ができるだろう。『神石』は大神官の住む本殿の女神像の手の平にある」
「……水の『神石』をどうするつもりだ?」
「もちろん、俺のために使うのさ。まあ、聞いたところでお前には選択肢はないと思うがな」
ラズナンは眉間に皺を寄せた。そして天井に視線をさまよわせる。『神石』を渡すことなどできなかった。しかし、取引に応じない場合、タリザに身の危険が及ぶのは確かだった。
「……わかった。取引に応じよう」
「それでいい。水の『神石』を入手したら俺を呼べ。俺はお前の側にいる。他の者に漏らすようなことがあったら、女を殺す。わかったな」
「……わかっておる」
デイはラズナンの返事を聞くと、剣を収めた。そして窓を開け空に消える。
開け放たれた空から赤い光が入ってくる。空は血の色のように真っ赤に染まっていた。




