フォーグレンの神官56
「わしの許可なしに他国の神官を入れるとはなんたることだ」
王室に呼ばれ、ラズナンは父カート王にそう一喝された。
「しかし、彼女は我の命の恩人です。城で手当てするのは当然のことだと理解しますが……」
「わしは納得がいかん。すぐに神官を城から追い出すのだ」
「彼女の傷が治るまでは城の我の住まいに滞在させます。何かあれば我が責任をとります」
ラズナンはカートに背を向ける返事を待たず、王室を後にした。
「なんという態度だ!」
カートは顔を真っ赤にして今にでも火が噴き出そうな勢いだった。
「父上。兄上をお許しください。私から兄上に話をしてみましょう」
「ああ、お前はなんと親孝行の息子なのだ。王太子はお前しか考えられない。そのうち、ラズナンから継承権は剥奪し、お前に与えるぞ」
カートは自分の側に仕える、自分そっくりの息子マシラにそう言って、その肩を叩いた。
「なんと、頭の固い王なのだ!神官といえでも女一人にすぎない。しかも我の命を救ったものなのに……」
ラズナンはタリザの眠る部屋に向かうため、廊下を歩いていた。先ほどのカートの態度はラズナンを苛立たせ、目の前に立つ人物に気づくのが遅れた。
「……リリア」
波打つ金髪を後ろにまとめ、美しい妃は部屋の前で、ラズナンを待っていた。大きなお腹を抱え、侍女にたくさんの果物の入った籠を持たせていた。
「あなた様を救った御仁様のため、栄養がつきそうなものを用意しましたわ」
リリアは微笑んではいたが、その笑顔は元気がなく少し悲しげに見えた。
妃がいる身ながらも、神官とは言え、女を部屋に連れ込んだ。
しかも出産のため実家に帰るその日である。
ラズナンはリリアの不安を知っていた。しかし、あえてそれに気づかないふりをした。
「すまないな。リリア。我からタリザに渡しておく。わが子の誕生を待ちわびているぞ。気をつけて実家に戻るように」
ラズナンはリリアの侍女から籠を受け取ると、それだけ言い、するりと部屋に入った。
背中に痛いほどのリリアの視線を感じたが、ラズナンは振り返らなかった。
「シャレッド。もう兄上を殺す必要はないぞ。時間の問題だ。兄上は自ら破滅しようとしている」
マシラは嬉しさを隠せない様子でシャレッドに語る。
二人がいる場所はいつもの小屋であった。
「油断は禁物です。マシラ様。悩みの種は摘み取っていたほうがよろしいでしょう。ぜひこの機会にラズナン様を。火の神官に殺されたとなれば、疑いがこちらに向くことはないはずです」
「……そうか、それもそうだな」
「そうです。私のマシラ様」
シャレッドはマシラの縮れた金髪を優しく撫でながらそう囁いた。