フォーグレンの神官52
水の神殿の庭は、神殿の敷地のおよそ四分の一の大きさで、池や噴水が設置されている優雅な作りだった。木々や花々は城から派遣された専用庭師が手入れしているので、常に美しく保たれていた。タリザは椅子に座り、噴水の水の動きをじっと見ていた。
昨日神殿に帰って来てからタリザはぼんやりと考えことをするようになった。カネリはその様子に嫌な予感を覚えていた。
「あれは、多分恋だな」
「こ、恋?!」
ふいに後ろから現れたネスにカネリはぎょっと声を上げる。そしてその声が大きいと気づき、慌てて口を押さえる。
神殿の庭にはタリザ、カネリ、ネスのほかにも何名かの神官がいた。神官達は椅子に座り、談笑したり、庭の植物や動物を愛でたりと、それぞれ思い思いに庭の中でくつろいでいた。
「ありえない話だ」
「ありえなくないだろう。タリザだって女だ。恋だってする」
ネスの言葉にカネリは口をつぐんだ。カネリも十代のときに一度そのような思いを抱いたことがあった。しかし神官という身分を選択し、その気持ちを捨てた。
タリザの物思いにふける様子が、恋をしている状態に見えないこともなかった。
しかしタリザは特別な家系のものであった。恋などとも無縁であると信じたかった。
「ネス。ちょっと来てください」
ふいに庭に現れたキィラがそう声をかけ、ネスはカネリから離れた。そしてネスが次に戻ってきたときは、先ほどまでの雰囲気はなく、厳しい顔つきになっていた。
「カネリ。悪いが今日は付き合えない。二人で適当に神殿、街を見ててくれ。城には次回案内する」
「何かあったのか?」
カネリの質問に曖昧に笑うとネスは手を振り、庭を出て行った。よく見ると他の神官達たちも談笑をやめ、神殿内に戻っていくのが見えた。
「?」
神殿で何かあったのか?
カネリが大神官ルイに事情を聞きに行こうと、椅子から腰を上げたところで、タリザがカネリのそばにやってきた。
「カネリ。ちょっと、街に行ってくるわ。心配しないで、今日はかけらを持っていくから」
タリザはそう言うと、昨日と同じ姿に変化した。
「どこにいくんだ?」
「……心配しないで、夕方前には戻ってくるから」
心配げなカネリにタリザはそれだけ言い、小走りに庭を出て行く。その後ろ姿は神殿の門へ消えてしまった。
『あれは、多分恋だな』
ネスの言葉を思い出し、カネリは眉間にしわを寄せる。
胸が騒いだ。
神官は恋をしてはいけない。
恋は破滅を呼ぶ。
しかしカネリはこの時はそれ以上深く考えなかった。
城の中にある狩猟所の小さな小屋の中で、二人の男が細々と話をしていた。小屋の外には二人が乗ってきた二頭の馬がつながれている。男達はカーテンを締めきり、外部から中の様子が見えないようにしていた。男は第二王子マシラとその相談役のシャレッドだった。マシラは椅子に腰かけ、シャレッドは立ったまま話を聞いていた。
「シャレッド。本当に手配は整っているんだな」
「もちろんですよ。マシラ様。すぐに王太子の座はあなたのものです」
「……しかし、何も兄上を葬ることはないんじゃないか。父はもう私を王太子にすることを考えている。時間の問題だと……」
「甘いですよ。マシラ様。国民はラズナン様を慕っています。もし王がラズナンではなくあなたを王太子として新たに選任した場合、国民から非難の声があがるのは当然です。おわかりですか?」
「わかっている……」
マシラはその縮れた金色の髪をかきあげた。汗が吹き出し、髪が濡れていた。マシラはシャレッドが差し出したハンカチを受け取り、汗を拭う。
「心配ありません。マシラ様。事はすぐに片付きます」
シャレッドはマシラに微笑みかけるとその肩に手をかける。マシラはその手を掴んだ。
「……シャレッド……」
シャレッドは腰を落とすと、椅子に座るマシラをその胸に抱いた。
「あなたの時代はすぐそこです。マシラ様」
そしてマシラの耳元でそう囁いた。




