フォーグレンの神官50
タリザはネスとカネリの会話を聞きながら露店に目を向けていた。するとふいに口を布で塞がれた。
ネスとカネリに伝えようにも、言葉が出せず、一気に裏道に連れ込まれた。
視界の隅に二人の姿が小さくなる。なんとかしようと『神石』のかけらを探したが、カネリに預けており、手元になかった。男の力は強く、タリザが逃げ出そうとしてもびくともしなかった。
男がタリザを引きずるようにして裏道を歩き続け、川の近くの倉庫に連れ込むと解放した。
「さあて、ここまでくりゃ、誰もわからねぇ。売り飛ばす前に、味見といくか」
男はそう言うと羽織っていた上着を脱いだ。タリザは自分のいる建物を見渡す。そしてそこが倉庫のような場所で窓もなく、逃げ道は入ってきた入口だけであることがわかった。タリザはたるんだ体をした上半身裸の男から、全力で逃げようと試みる。しかし、男に腕を掴まれ引き寄せられた。
「やはりかわいい顔してるな。シュイグレンでは珍しい色だ。高く売れそうだぜ」
男は酒臭い口をタリザに近づけそう囁く。
「放して!変態!アホ!馬鹿!」
タリザは死に物狂いで男から逃げ出そうとあがいた。
フォーグレンでは神官は別世界の人間と思われており、襲われることなどありえなかった。また『神石』のかけらを常に持っているので、仮に襲われたとしても簡単に撃退することができた。
こんなときに、なんで!
タリザは油断して、かけらをカネリに預けたのを後悔した。
男の汚らしい手がタリザの服をはぎ取る。
「いや!」
「男、その女を放すのだ!」
ふいに聞こえた声に男が顔を上げる。タリザはこの隙に逃げ出そうと体を動かすが男は力を緩めなかった。
「なんだあ?貴様は?」
男はタリザを抱いたまま、入口に立つ男に声をかけた。入口に立つ男は白い外套を羽織っており、顔はよく見えなかった。
「離せてといっておる」
「何者だあ?変な話し方しやがって」
男がそう答えると白い外套の男は腰の鞘から剣を抜いた。そして一気に男に向かって跳ぶとその背中に剣を振り下ろす。
「うあああ!」
背中から血が噴き出る。男は悲鳴を上げると、タリザから手を放した。
「助けてくれぇええ」
背中から血を流し泣きながら男は、剣を振り上げる白い外套の男に命乞いをした。
「殺すのも汚らしい。見逃してやる。ありがたく思うのだ」
男はそれを聞くと、床を這って入口まで逃げ、立ち上がると外に走り出した。
タリザは床に飛び散った血を見つめ、茫然としていた。床に足がくっついたようで動かなかった。
「女よ。大丈夫か?」
白い外套の男は剣を収めると、タリザに手を差し出した。タリザは手を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。足ががくがくと震えているのがわかった。そして、かけらのない自分がこんなに弱い存在だということに、初めて気がついた。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
タリザは男に心から感謝した。この男の助けがなければ自分がどうなっていたかわからなかった。
「礼はいらぬ。治安が悪いのは我ら統治者の責任だからな。詫びないといけないのは我のほうだ。フォーグレンの民よ」
男は外套のフードを取ると、タリザに微笑んだ。
現れた男の顔は、鼻筋が通った整ったもので、銀色の髪が後方からの光に照らされ輝いていた。その瞳は憧れの青い海の様で、タリザは男に魅了されるのがわかった。
「滞在しているところまで送っていってやろう。名は何と言うのだ?」
「……タリザと言います」
「タリザか。我はラズナンだ」
ラズナン……
タリザはその名を心の中でつぶやき、胸の鼓動が早まるのがわかった。火の神殿でもシュイグレンの王族の名前くらいは伝わっていた。物言いと物腰から位の高い者であることは予想していた。
しかしまさか、王太子が自分の目の前に現れ、自分を助けてくれるなど思ってもみないことだった。




