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フォーグレンの神官  作者: ありま氷炎
第1章 火の『神石』
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フォーグレンの神官2

 ハーヴィンは着替えを済ませ、自室の椅子に座り外を眺めていた。

 青い空が上空に広がっている。

 シュイグレンの姫君は北の大陸の民の特徴である白い肌と青い瞳を持った金髪の美しい少女だった。


 しかしハーヴィンの心の中には涼やかな瞳を持つ荘厳な神官の姿が常にあり、シュイグレンの姫君の入る隙間はなかった。


国のため、この世界の平和のためだ。姫君と結婚する。


 そんなことを考えていると、ふいに扉を開ける音がした。


「何者だ!」


 王子の部屋に勝手に入ってくる者はこの宮殿にはいないはずだった。


不審者か?!


 ハーヴィンは脇差を抜くと、振りかえった。


「……セン」


 扉を開け入ってきた人物は愛しい神官センだった。


「どうしてここに?」


 今朝センは神殿に戻ったはずだった。


「ハーヴィン殿下。私と共に宮殿を出ましょう」

「……セン?!」


 思わぬ言葉にハーヴィンは驚いてセンの顔を見つめた。センは黒曜石のような瞳をハーヴィンに向けていた。その瞳はきらきらと輝き、ハーヴィンはその瞳に囚われるのを感じた。


「私は神官です。でもその前に一人の女なのです。身分違いであることはわかっています。でも一緒にいたいのです」

「……セン」


 ハーヴィンはその言葉を聞くと、センの元へ駆け寄りその体を抱きしめた。柔らかな感触と甘い香りがした。

 触れたかった体、抱きしめたかった体だった。


「ハーヴィン殿下」


 センはハーヴィンの背中に手を回した。そして顔をその胸にうずめる。


「私は君なしでは生きていけない。今わかった。シュイグレンの姫君とは結婚はできない。君と共に宮殿を出て、二人きりで暮らそう」

「殿下……」


 涙で潤んだ瞳をセンはハーヴィンに向けた。


「セン、愛している」


 ハーヴィンはそう言うとセンに口付けた。センは目を閉じるとそれに答えた。


「!?」


 鈍い音がしてハーヴィンの体がセンにもたれ掛かる。


「アルビーナ。臭い演技しすぎだって」


 センは気を失ったハーヴィンを支えつつ、視線を向ける。そこには神使人しんしとの仲間のミシノが立っており、皮肉げに彼女を見ていた。

 ミシノは水の神殿から追放された神官だった。フォーグレンでは珍しい金色の髪をフードで隠し、青い瞳を輝かせている。女性のようか可愛らしい顔立ちだが、列記とした男で今はその唇を歪めていた。


「ミシノ、せっかくいいとこだったのに」


 センはその顔に似合わない妖艶な笑みを浮かべると、首からぶら下がっている青い石に触れた。するとセンの姿は赤い髪を持ち、女性らしいくっきりとした肢体を持つ姿に変化した。

 それは二年前に火の神殿を飛び出したセンの親友、アルビーナだった。


「楽しみたきゃ後にしなよ。僕たちには先にやることがあるんだから」

「わかってるわよ」


 アルビーナはそう答え再びセンの姿に戻ると、ハーヴィンをミシノに引き渡し、外に出るために歩き出した。



「大神官様、ただいま戻りました」


 水の神殿に戻り、センはまっすぐ大神官のいる本殿に向かった。大神官は二年ぶりにもどったセンを見て嬉しそうな笑顔を見せる。


「よく戻ったな。宮殿での責務ごくろうだった」


 大神官は今年で五十歳になる女性だった。十五年前に異例の若さで大神官になり、周りの神官たちの声を黙らせるように強い意志で大神官を務めてきていた。その顔には深い皺が刻まれ、苦労を物語っていた。


「長らく神殿を空けてしまいました。何も変わりはありませんか?」

「ああ、何も変わってない。ただ……」

「セン様!」


 がたんと勢いよく扉を開けて、ターヤが走ってきた。


「ターヤ!本殿に入るときには礼儀を守りなさいと言っていましたよね?」


 センは二年ぶりにあったターヤに懐かしさを覚えながらも、その変わりのないやんちゃぶりに苦笑した。


「だ、だって、セン様が帰ってるって聞いて」


 センに叱られターヤはおろおろとそう答えた。


「セン。まあ。今日は特別だ。ターヤは今朝からずっとお前を待っていたのだ」

「そうなんです。僕、早くセン様に会いたくって」


 大神官の言葉にターヤは大きく頷く。


「だからといって」

「まあ、いい。それよりも王子の結婚式は問題なく進んでいるのか?」

「そのはずです」


 センはその黒い瞳を一瞬曇らせた後、そう答えた。


「それならいい。最近シュイグレンでは神使人しんしとが王族を狙う事件が続いているようだから。フォーグレンでも同じことが起きないとは限らないからな」

「シュイグレンで……」


 センは眉をひそめた。

 神使人しんしととは神殿を追放された神官達のことだった。彼らは自分達を神使人しんしとと称し、『神石』のかけらをどこかで入手して、神の力を己の利益のために使っていた。水の神殿も、火の神殿も神使人しんしとのことを監視しているが神使人しんしと達はその監視をくぐりぬけ、神の力を使っているようだった。


「まあ、宮殿には上級神官達を警護に回している。問題はないだろう」


 センの強張った表情をみて、大神官は安心させるように微笑んだ。

 今朝、センは王子に挨拶もせず宮殿を出てきた。会えばあの切ない瞳に見つめられのが耐えられなかったのだ。


 宮殿にいるのは先輩達だ。大丈夫だ。


「だ、大神官様!」


 ふいに悲鳴のような声が聞こえて、数人の神官が本殿に入ってきた。

 いずれも上級神官で宮殿の警備に当たっていたはずだった。


「セ、セン?!なんでお前が!」


 神官達は大神官の側にいるセンを見ると、目を見開いた。


「何事だ?」


 大神官はぶしつけな視線をセンに向ける神官達の様子を不審に思いながら聞いた。


「王子が誘拐されました!犯人は……ここにいるセンです」



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