フォーグレンの神官1
世界は二つの国が支配していた。
一つは北の大陸のシュイグレン、もう一つは南の大陸のフォーグレンだった。
シュイグレンは水の女神を讃える国で、女神の力を借りる男性神官が王に力を貸し、北の大陸を支配していた。対するフォーグレンは火の神を讃え、女性神官が神の力を南の大陸を統治する王に貸していた。
両国は何百年も争ってきたが百年前、両国の王子と姫が婚姻を結び、戦争が終結した。
そして、それ以降両国の王家が婚姻を結ぶことで平和を保っていた。
物語はこの平和になった世界から始まる。
「お嬢さん。これあんたのだろ?」
ターヤはふいに声をかけられて振り向いた。
そこにいたのは背が高く、前髪が少し長めの黒髪に黒い瞳の美青年だった。青年はターヤのハンカチを持ち、魅力的な笑顔を浮かべて立っていた。
「ありがとうございます」
神官の衣装をまとい、坊主頭のターヤは大きな青い瞳を輝かせると軽く頭を下げた。
今日は上級と下級神官のために町に買い出しに来ていた。見習いからやっと一人前になった神官の彼女は同じく新米神官のリナと二人だけで街に来ており、浮かれて歩いていたのだ。
「ターヤ!早く~」
ターヤより少し先を歩いていたリナは、ターヤに相対する美青年に驚きながらもそう呼んだ。
「リナ。ごめん。待ってて!」
ターヤは青年にもう一度頭をぺこりと下げると、ハンカチを受け取り、リナの元へ走っていく。
「ロセ。何ぼーとしてるんだ?」
ロセがターヤの背中を見つめていると、同じ隊に属するカノトが声をかけてきた。その腕の中の籠には、市場で仕入れたたくさんの食料が詰まっていた。
「もったいないと思わないか?あんなかわいい子が神官だなんて」
「かわいい神官?」
カノトはロセの言葉に反応して、その視線の先を追った。そこにはリナと合流し、楽しそうに笑いながら先を歩いて行くターヤがいた。神官なので髪は剃り落としていたが、肌は南の大陸では珍しい白い肌で、その瞳は透き通った青色だった。
「めずらしいな。白い神官か?確かにかわいいな」
「そうだろう?神官じゃなければ口説き落としたんだが……」
ロセは悔しそうにそう言い、籠から真っ赤なリンゴを一つ取るとかじり付いた。
「おい、ロセ。それは隊長に頼まれたリンゴだぞ」
「そうだっけ?まあ。いっか。俺、あいつ嫌いだから」
「嫌いって。好き嫌いの問題じゃないと思うんだが」
「大丈夫だって。どうせ嫌味言われるのはいつものことだからさ」
ロセは食べ終わったりんごの芯を投げ捨てると、すたすたと先に歩き出した。
「俺は知らないからな」
カノトはため息をつくとロセを追い、結婚式が開かれる予定の宮殿に向かった。
「ターヤ!今のカッコイイ人だれ?」
「カッコイイ?ああ、あの人?ハンカチを拾ってくれた親切な人だったね」
ターヤは興奮気味なリナをよそに、目の前に広がる美しい刺繍の入ったハンカチを見ていた。
「リナ。これってセン様好きそうかな?」
「……ターヤ。あんた朝からセン様のことばっかり言ってるわよね」
食い入るように露店に並ぶ美しいハンカチを見ているターヤに、リナはあきれてそう言った。
六歳の時に、旅の途中のセンにターヤは拾われた。ターヤには記憶がなく、センが大神官に頼んで火の神殿で預かることにした。それ以来、ターヤにとってセンは命の恩人であり、尊敬すべき師であった。
「あーあ、あんなカッコイイ人と結婚できたらなあ」
リナはうっとり空を見上げてそうつぶやいた。
「結婚って。僕達は結婚どころか、恋もご法度なんだよ。もし違反したら神殿から追い出されるよ!」
「ターヤ。あんたずーと神殿にいるつもりなの?私はそんなつもりないわ。恋もできないなんて馬鹿みたい」
だったらなんで神官になったんだ。
ターヤはそう言いかかったが、ターヤと違い両親がいるリナは、力があるせいで神殿に引き取られた子供だった。だから自分のように行き場がない者とは考え方が違った。
「ねぇ。あの人なんて名前なの?」
「知らないよ」
ターヤはため息をついてそう答えると、今日神殿に二年ぶりに戻ってくるセンのことを思った。
セン様のように僕は上級神官になるんだ。綺麗でかっこいいセン様。僕もいつかあんな風になりたい。
そう意気込むターヤの隣で、リナは先ほどの美青年ロセのことを妄想して黄色い声を出している。ターヤは再度ため息をつくと、視線を美しいハンカチが並ぶ露店に戻した。