フォーグレンの神官25
「さあ、アルビーナ。結界を壊してもらおう」
シュイグレンの水の宮殿の上空に着いたデイは、腕を組み、アルビーナに目を向けた。偉そうなデイの態度は気にくわなかったが、ミシノを人質に取られているアルビーナは黙って火の『神石』を取り出した。
『神石』はかけらとまったく同じ赤い石だった。違いと言えばその中に神がいるくらいだろう。アルビーナの手の中で石は杖に変化した。
「神様、働いてもらうわよ」
ふん。お前に水の『神石』を渡してやる。
感謝しろ。
その後ワタシを解放しろ。
いいな?
「わかってるわよ」
アルビーナは脳裏に響く火の神の声にそう答えると両手で杖を握った。
「さあ、結界を壊してちょうだい」
お安い御用だ。
火の神の声がそう聞こえたかと思うと、杖から火の龍が飛び出した。それは眼下の水の神殿に向かって飛んでいった。
⭐︎
「火の『神石』が奪われたことは知っているな」
ベッドの上で体を起こし、カネリはそう口を開いた。カネリの体には白い布が巻かれ、その表情はいつもに増して険しかった。体を起こすことすら辛いらしく、その額には脂汗が浮いている。
センが見かねて支えようとするのだがカネリは断り、しゃんと背中を伸ばし、セン達を見つめていた。
「今のところアルビーナは『神石』から神を解放していない。それは多分、次の狙いが水の『神石』だからだと思われる」
「デイが自由にならない火の『神石』を手に入れて満足しているとは思えない。アルビーナとなんらかの取引をして、結託して水の『神石』を狙うつもりだろう」
カネリの言葉を引き継ぎ、ネスがそう続けた。
センは胸が痛くなるのがわかった。
あの忌まわしいデイの白い仮面とアルビーナの憎悪の瞳が浮かび、息が苦しくなる。
「しっかし、ネス様。もしかしたらアルビーナの奴が火の『神石』から神をすでに解放させているかもしれませんよ?その可能性も否定できないと思うんですが……」
ロセがそう口を挿むと、カネリはその黒い瞳をロセに向け、ネスの代わりに口を開く。
「それはないであろう。火の神を解放すれば、今頃世界はこんな穏やかではない。天候は乱れ、森や街は灰と化しているだろう」
「そんな?!じゃあ、絶対に解放を止めなければ!!」
ターヤは青ざめてそう言い、ロセは顔色を変え、センは唇をきゅっと結び、カネリを見た。
「そうだ。そのためにお前達に水の神殿にいってもらう必要があるのだ。火の『神石』から神が解放されるよりも先に『神石』を奪い返すのだ。奴らは多分水の神殿に向かっているはずだ。そこで奴らから火の『神石』を奪い返す」
カネリの言葉に部屋はしんと静まり返った。火の『神石』を入手していない状態で、セン達はデイとアルビーナに大敗した。火の『神石』を持った二人はさらに力を増していると思われた。
「セン、アルビーナのことはあきらめろ。お前の力のほうがアルビーナより上だ。水の神殿に力を借りるのは不甲斐ないが、水の『神石』の力を借りれば勝機はある」
「カネリ。安心しろ。水の神殿は喜んで力を貸すぞ」
「お前は黙っていろ」
嫌味な笑みを浮かべるネスにカネリは冷たい視線を向ける。そしてセンを見た。センはカネリの視線を避け、俯いた。
センはアルビーナに力を使う気持ちになれなかった。
アルビーナを殺すくらいだったら、自分が死んだ方がましだった。
「ロセ、お前はキィラと共にセンを援護しろ。火の『神石』から神が解放されて困るのはフォーグレンだけじゃないからな」
「わかりました」
ロセはデイの白い仮面を思い浮かべながらもネスの言葉にしっかりと頷いた。昨日は完敗したが、水の神殿にはロセ以外の上級神官もいる。また大神官キィラはデイと互角に戦える力の持ち主だった。
問題ないはずだ。
問題だとすればアルビーナか……。
ロセはセンに顔を向けた。センは苦痛の表情を浮かべ俯いていた。センにアルビーナを倒せるとは思わなかった。
「さあ、一刻を争う時だ。わしとネスが力を合わせ、お前達を水の神殿に瞬間移動させる」
「瞬間移動?!そんなこと可能なのですか?」
ロセはぎょっとしてカネリを見た。カネリはロセの視線を受け止め頷く。
「過去に一度しか成功したことがない技だが今使うしかない。時間がないのだ。飛んでいくのは時間がかかりすぎる。いいな、ネス」
「ああ」
「ネス様、失敗するとどうなるんですか?」
「……そうだな。多分どこかの空間に飛ばされるか、はたまた体がバラバラになるか」
「……」
ロセは失敗した時の状態を浮かべ、嫌な汗を流す。その隣でセンは小さく息を吐いた。
「大神官様。お願いします。水の神殿へ飛ばしてください」
「わかった」
カネリは、覚悟を決めたセンの顔を見て頷く。そしてネスに顔を向けた。ネスは懐から青い『神石』のかけらを出す。
ロセは深呼吸すると、拳を握った。
死ねばもろともか。
ああ、でも死ぬ前にターヤとキスしたかったな。
ロセがちらっとターヤを見るとターヤは真剣な顔をしていた。
「僕も行きます」
「ターヤ?!」
思わぬ申し出にセンとターヤは素っ頓狂な声を上げた。新米神官のターヤが参加するには厳しい戦いだった。悪くいえば足手まといになる可能性もある。
「お願いです。僕も行かせてください!」
「だめです。あなたはフォーグレンに残りなさい」
「嫌です。僕も行きます!」
センが叱るようにターヤに言うのだが、ターヤは大きな目を見開き、そう叫んだ。
「だめです!」
「セン、連れて行きなさい。もしかしたらターヤの力が必要になるかもしれない」
「大神官様!?」
センはカネリに抗議と疑問が混じる声を上げた。
「センさん。もしもの時は俺が死ぬ気でターヤを守るから。大丈夫だ」
そうロセが横から口を出し、ターヤの肩を抱いた。
「!?」
ターヤはぎょっとしてロセをみる。しかしロセは肩を抱いたまま、放そうともせず、満面な笑みを浮かべた。
「ターヤ。ま、俺に任せておきな。死にやしない」
ぱちーんといい音がして、ロセの顔に赤い平手の痕がつく。
「いたたっつ!」
「ターヤ!」
「セン様。安心してください。僕、今度は絶対に足手まといになりませんから!」
センはため息をついたが、諦めの境地で頷いた。
「わかりました。ターヤも連れて行きましょう。大神官様、ネス様、お願いします」




