フォーグレンの神官24
おい、女。
聞こえてるのか?
アルビーナは脳裏に響く声に不快感を表していた。
火の『神石』を手に持ったとたん、頭の中で声がした。
それはどうやら『神石』に閉じ込められている火の神らしかった。
『神石』が単なる力のある石ではなく、神が宿っていること自体をアルビーナは知らなかった。
「アルビーナ、行くぞ」
デイはアルビーナに背を向けて飛んだ。その腰のベルトにはクリスタルの飾りように氷の珠が煌めいているのが見える。
何度かデイを火の『神石』を使い脅したが、逆に珠を逆手にされ無駄に終わっていた。デイだけでなく、その腰巾着のズウとトゥリもアルビーナの邪魔をした。ある時は危うく珠を壊されそうになった。ズウとトゥリは珠にミシノが閉じ込めこめられていると知ると、嬉しそうに珠で遊んだ。下手に手を出すと珠を壊される。アルビーナは忌々しく思いながらデイに従っていた。
そんなアルビーナの気分をますます苛立たせるのは火の『神石』だった。自分を解放しろと何度もアルビーナの脳裏に話しかけた。解放したら、この火の神が自分のいうことを聞かないのは目に見えていた。デイでさえも奪えなかった水の『神石』を奪取するには、火の『神石』の力が必要だった。
悪いけど、あんたを今解放する気がないの。
だから黙っててくれない?
なんって口のきき方だ?
それでも貴様はワタシに使える神官か?!
悪いけど、あたしは神官じゃないの。
神の力を使う神使人、覚えておいてね。
神使人?
なんだそれは?
なんでもいいからワタシを解放しろ。
うるさいわね。
水の『神石』を奪ったらっていってるでしょ。
それが終わったら解放してあげるわよ。
「だからそれまで黙ってて!」
アルビーナが口に出してそう叫ぶと、頭の声が止んだ。
どうやら諦めたらしい。
アルビーナは小さく息を吐くと、前を見据えた。前にはズウとトィリ、そしてズウが見えた。四人は澄み切った空をシュイグレンに向かって飛んでいた。
⭐︎
「ターヤ!」
ロセは客殿で衛兵を脅すようにターヤのいる部屋を聞き出すと、ノックもせず勢いよくドアを開けた。そして静かに眠るターヤを見て安堵した。
ロセと違って初陣だったターヤ、しかも相手はデイである。肉体的疲労もさることながら精神的疲労もあっただろうとロセは想像した。
ロセは安堵の息を吐くと、ベッドの近くの椅子に座りターヤの顔を覗き込んだ。絹のようなきめ細かい肌だった。その頬はピンクに染まり、口紅も付けていないのに唇は赤く美しかった。
「まずいな……」
ロセは自分が十歳も離れているターヤに惹かれているのがわかった。高ぶった気持ちはロセを動かした。ロセは椅子から腰を浮かせるとターヤの唇に自分の唇を重ねようとした。
「な、何しようとしてるんだ!」
ふいに目を開けたターヤは目の前にロセの顔があるのがわかると、その顔を手で押しやると後ずさった。
「……悪い、悪い。ついつい」
あと少しだったのな。
惜しかった……。
ロセはそう思いながら自分を睨みつけるターヤに笑顔を見せた。
「つい、ついって?僕が寝てる隙に何しようとしたんだ!?」
ターヤは顔を真っ赤にしてそう叫んだ。その様子を見てロセはもう少しターヤをからかいたくなった。ベッドのヘッドボードに寄りかかり枕を握りしめるターヤにわざと近寄ると囁くように口を開いた。
「聞きたいか?キスしたくなったんだよな。だって、ターヤの唇って真っ赤で甘そうだったから」
「くっつ、この変態!」
ターヤは枕をロセに投げつけ、首からぶら下がっている赤い『神石』のかけらに触ると、火弾を作り放った。
「うわっつ。危ない!ここは宮殿だぜ?!」
ロセは飛んできた枕を弾くと、慌てて『神石』を取り出し、火弾に水弾を放つ。
じゅうっと音を立て、火弾が消滅した。しかしターヤの攻撃はそれで終わらなかった。鞭を作り出すとロセに向かって飛んだ。
「やめなさい。ターヤ!」
センの鋭い声がして、ターヤは鞭を元の石に戻した。そしてしゅんとして俯き、床に降り立つ。
「ここは宮殿ですよ。ターヤ。力を無暗に使ってはいけません」
「……わかってます。でもこの変態が!」
「へ、変態?!俺はなにも!」
「静かに!大神官様が目を覚ましました。水の副大神官のネス様もおられます。二人とも一緒に着いて来てください」
センがぴしゃりと言うと二人は口をつくんだ。そして黙ってセンに続き、カネリの休んでいる部屋へ向かった。