フォーグレンの神官21
静まり返ったフォーグレンの宮殿に、アルビーナとデイはハーヴィンを連れ、降り立った。
すると衛兵が数名現れ、二人を取り囲む。
「何者だ!殿下!?」
衛兵は、デイが気を失ったハーヴィンをその肩に担いでいるのを見て、顔を緊張させた。
「見てわからない?あんた達が探している王子様よ。早く『神石』を渡してちょうだい。約束の日より早いけど、あるんでしょ?」
「殿下を離せ!」
衛兵がアルビーナに向かって剣を向ける。するとデイが衛兵に氷の矢を放った。血が飛び散り衛兵が倒れる。
「うわ。ひどいことするわね」
「この方がてっとり早いだろう。衛兵たちよ。死にたくなければ『神石』を渡せ」
デイはそう言うと、衛兵の一人が慌てて宮殿の奥へ走った。
「この人も連れて行きなさいよ」
アルビーナは力を使うと、床で血を流している衛兵の体を宮殿の奥へ飛ばした。
「早く手当てしないとやばいわよ」
「ふん。馬鹿らしいことを」
「うるさいわね。あたしはあんたと違って罪のない人を殺すほど落ちてないの」
アルビーナはデイを睨みつけると宮殿の奥へ目を向けた。
「来たか……」
「早かったな」
部屋に飛び込んできた宰相の顔色をみて、カネリとネスは顔を見合わせた。何者かが宮殿に侵入したようだった。そしてそれは『神石』を求めるアルビーナかデイに違いなかった。
カネリはハーヴィンを探しに街を出たセンのことを思ったが、今は『神石』を守ることが先決だった。
「大神官。王の命令です。『神石』をお持ちください」
宰相に続き、カネリとネスが宮殿の広間に着くと、そこにはハーヴィンを連れたデイとアルビーナだけでなく、王も側にいた。
「ネス……。そしてカネリか。そうだった。カネリは火の大神官だったな」
二人を見てデイはそう言った。そして力を見せつけるようにハーヴィンの体を浮かせる。
カネリとネスは視線を交わした。王がハーヴィンを助けるため『神石』を渡すように命じるのはわかっていた。そうであればデイからハーヴィンを助け出すのが先だった。
カネリが先に動く。デイが手出しできぬよう、瞬間的に火の鞭を作り出し振り下ろす。その隙にネスがハーヴィンを救おうと動いた。
「あたしのことを忘れてるみたいね」
アルビーナはそう言いながら剣を作り出し、ネスに切りかかる。
「王!王子がどうなってもいいのか?」
カネリの火の鞭に縛られながら、デイが王に顔を向ける。その右手は王子に向けられていた。
「カネリ!」
王が厳しい声を発するが、カネリはデイを縛る鞭を緩めなかった。
「!」
ひゅっと音がしてデイの手から氷の矢が放たれた。それはハーヴィンの首ぎりぎりをかする。
「おしかったな!」
「カネリ!」
王が再度カネリの名前を呼ぶがカネリは動かなかった。しかし、その瞳がふいに見開かれ、力が弱まった。デイを縛っていた鞭が『神石』のかけらに変化する。
「カネリ!?」
ネスがアルビーナに水弾を放ち、遠ざけるとカネリの側に飛んだ。カネリの背中に小剣が刺さっていた。そしてその後ろにはシュイグレンの姫君が立っていた。
「よくやったな。お姫様」
デイは姫君に顔を向けた。姫君は青ざめた顔をして震えていた。
「姫様!どうして」
ネスはカネリをその腕に抱きながら姫君を見る。
「私はハーヴィン様を助けたかったのです。『神石』を渡してしまえば助かると思って」
「馬鹿な姫君だな」
デイは動揺するネスに水弾を放ち、カネリの傍から引き離した。カネリは傷口を押さえながら立ち上がる。
「カネリよ。『神石』はもらっていく!」
デイはカネリに氷の矢を放つ。ネスがそれを防ごうとするがアルビーナに邪魔され、できなかった。矢はカネリに刺さり、その体は床に叩きつけられた。
「うっつ」
血が大量に体から流れていた。デイはカネリに近づくとその懐に手を忍ばせ、金色の縁取りがされている箱を取り出す。
「これだな」
デイが箱を開けると、中には赤い光を放つ石が入っていた。
「『神石』だわ!」
アルビーナがそう言って神石に目を奪われた瞬間を、ネスが見逃さなかった。アルビーナに水弾をぶつけるとカネリの元へ飛んだ。そしてその体を抱きかかえ、デイの側から離れる。
「ネ…ス」
「黙ってろ。今薬草を」
出血がひどく、今治療しないとカネリが死ぬのがわかっていた。
『神石』が大切なのはわかっている。しかしそれよりもカネリが目の前で死んでいくのをネスが黙って見ていられなかった。
カネリは動かせない体と朦朧とする意識の中で、デイとアルビーナが赤い光を放つ『神石』を持って宮殿を離れるのを見ていた。
「ネス!た……頼む」
「黙ってろ」
ネスはカネリに一喝すると治療を続けた。
神石が……。
あのためにすべてを諦めた。
すべてを捨てた。
でも結局、だめだった。
カネリは自分を真摯に見つめるネスを見ながら意識を失った。