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フォーグレンの神官  作者: ありま氷炎
第1章 火の『神石』
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フォーグレンの神官14

 トアグレンはフォーグレンの西に位置する町だった。山に周りを囲まれているためか、多くのものが農業や狩猟に従事しており、夜の娯楽はほとんどない町であった。娯楽といえば酒を飲むくらいで、町にはいくつかの酒場が作られていた。

 セン達三人がトアグレンに着いた時、すでに町は静まり返っていた。明かりは酒場の入り口にあるランプや数戸の民家の窓から漏れるものだけだった。


「さて、これから。どうしようか」


 トアグレンにアルビーナの行方を求めて来てみたが、それから先は考えていなかった。

 先ほどの女性がアルビーナに会ったのは数日前と言うことだった。なんでも家を新築したとかで、女性が売っている寝具の布地を気に入って買っていた。


「トアグレンに潜伏しているのは間違いないはずだ」


 ロセの言葉にセンとターヤは頷き、辺りを見渡した。そしてターヤは何か光るものを見つけた。


「ターヤ?」


 ふいに歩き出し、屈みこんだターヤにセンは訝しげに声をかけた。


「これって、王子様のものではないでしょうか?」


 ターヤは金色に輝く何かを手に取り、センにそう聞いた。センはターヤの手の中のものを確認しようと目を凝らす。それは王子が身につけていた髪留めだった。


「おお!やったぜ。これがあれば王子を見つけられる」


 ロセはその髪留めを嬉しそうにターヤの手から取るとそう言った。


「?」


 ターヤとセンが訝しげに見ると、ロセは片目を閉じてウィンクして悪戯な笑みを浮かべた。


「見てな」


 そして懐から『神石』のかけらを出し、金の髪留めに近づける。するとそれは青色に光り、蝶に変化した。


「うちの大神官からフォーグレンの王族に渡して置いてくれと頼まれ、王子に渡したんだ。もちろん、俺からの贈り物と言ったけどな。シュイグレンでは王族の誘拐事件が多くて、『神石』のかけらをこうやってものに変化させて、持たせてるんだ。そうするといなくなったときに後を追える」

「……だったら初めから。そうすればいいのにさ」


 ターヤがぎろっと冷たい目をロセに向けた。


「いや、だから。王族がもっているときは意味がないのさ。こうやって落としてもらわないと」

「……じゃ、落とさないと使えないの?」

「そうだけど」

「………」 


 ロセの言葉にターヤは不思議な顔を見せ、センはあきれながら眉をひそめた。

 しかしセンは数年前に会った水の大神官の様子を思い出し、納得した。水の大神官は『神石』のかけらを応用していろんな神具を作り出すようなタイプの神官だった。火の大神官は伝統を重んじ、新たな試みをしようとしなかったが、水の大神官は全く異なり伝統を踏まえながらいろんな試みをしていた。


 だから水の神殿にはこんな神官もいるんだな……。


 センはそう思い、改めてロセを見つめた。


「こほん」


 二人の視線に居心地の悪さを感じてロセは咳払いをした。


「かけらを解放するぜ。この後を追えば王子の元へ辿りつけるはずだ」


 ロセは手の平に止まり、羽を休めていた青色の美しい蝶を空に飛ばした。蝶はセンの周りを旋回した後、ふわりふわりと移動し始めた。




「トゥリ、よくやったな」


 トアグレンの街外れの小さな家にトゥリはハーヴィンを拘束していた。ハーヴィンの髪は乱れ、その服は泥で汚れていた。そしてぐったりと壁を背にして、目を閉じていた。


「生きているのか?」

「はい、抵抗したので少し手荒な真似をいたしましたが、生きております」

「それならよい。宮殿には水の神官のネスがいる。変化へんげは見破られるからな。王子を生きたまま連れて行き、『神石』を奪う。よいな」

「はい!」


 デイの言葉にトゥリとズウが頷いた。



「あそこだ!」


 青い美しい蝶は街中をふらりふらりと飛んでいき、街外れまでくると一気にスピードを増し、ある家に入っていった。


「なんだ?!」


 ふいに紛れ込んできた蝶に驚いた男の声が聞こえる。


「さあ、戦闘準備はいいか?」


 ロセは、後ろを歩くセンとターヤにそう声をかけると『神石』のかけらを剣に変化させた。


「ロセ、アルビーナに手出しはしないでくださいね」

「……わかってるよ」


 センにそう答えるとロセは青い剣を持ち、家に飛び込んだ。


「ターヤ。行きますよ」

「はい!」


 ターヤは緊張ぎみにうなずくと、センに続き、家の中に入った。


「お前はロセ!そして……火の神官か!」


 ズウは家に飛びこんできたロセ達を見ると『神石』のかけらを槍に変化させた。


「デイ様はお先に!」


 トゥリがそう言ったが、センは一足先にデイの前に立ちふさがっていた。


「この!」

「あなたの相手はこの僕だ!」


 ターヤはセンに攻撃を仕掛けようとするトゥリに炎の鞭を振り下ろし、睨みつけた。センはターヤの戦う様子を背後に感じながら、デイに向かって構えを取る。そしてその後ろの壁で、ぐったりとしているハーヴィンの姿を見つけ、眉をひそめた。


「ハーヴィン殿下に何をした?アルビーナはどこにいる?」

「安心しろ。王子は無事だ。アルビーナ?何の話をしている?」


 デイはそう答えながら、センの顔を見つめた。切れ長の美しい瞳に見覚えがあった。それは忘れもしないあの時に見た瞳だった。そしてデイは二十年前のことを思い出した。


「……お前は……」


 それは二十年前に自分の体を焼いた少女の瞳だった。あの時はこのような強い意志を持った瞳ではなく、ただおびえた瞳を自分に向けていた。そして『神石』のかけらに触れ、自分の体を焼いた。


「……あのときのガキか。そうか、火の神官になったのか。どうりで、王子をたらし込められるわけだ」


 デイの表情は仮面に隠れてわからなかったが、薄笑いを浮かべているのが想像できた。そしてセンはデイの声とその灰色の瞳に過去の忌まわしい記憶を思い出した。


 二十年前、娼婦の母に客を取るように言われ、家に引き込んだ男、それがこの男、デイだった。

 体を触られ、吐き気がした。そして服をはぎ取られ、男の生温かい唇が自分の唇に重ねられたのを覚えている。


 嫌だった。


 男を憎んだ。


 そして青色の何かが手に当たった。

 すると男の体が一気に火に包まれたのを覚えている。


 しかし、それ以降の記憶はなかった。頭を強く叩かれ、起きた時は神殿にいた。


 当時の大神官から母が、神殿に自分を連れてきたことを聞いた。あの忌まわしい場所に帰る気はなかった。だから神殿に入れると聞いて喜んだのを覚えている。


「あの時は本当、死ぬかと思ったよ。神官でもないお前が火を扱えるとはな」


 センの青ざめた顔を見てデイは笑いながらそう言った。


「あの続き……まだだったな」


 デイの言葉にセンは吐き気を覚えながらも、忌まわしい記憶を頭の片隅に追いやった。

 今はそんなことを考えているときではなかった。


「ハーヴィン殿下を返して貰う!そしてアルビーナの行方を教えてもらおう!」

「ふん。お前ごときにできるかな。俺は神使人しんしとのデイ様だ」


 デイはそう言いながら『神石』のかけらを槍に変えた。そしてその灰色の目を光らせ、センの隙を窺う。

 デイはここで時間をつぶすつもりはなかった。ミシノやアルビーナが追ってくるかもしれなかった。デイといえども、三人を同時に相手にするのは厳しかった。


「うわ!」


 ふいにターヤの悲鳴が聞こえ、センは注意をそらされた。デイはその瞬間を見逃さなかった。槍から水弾を放つと、ハーヴィンの体を掴み飛び上がる。


「!」


 センは水弾を避け、その動きを追おうとしたが、まずトゥリに押されているターヤを援護した。火弾をトゥリに叩きこみ、デイを追って宙に上がる。


 するとそこにいたのはハーヴィンを抱えたデイと、真っ赤な髪をなびかせるアルビーナと金髪碧眼の美青年ミシノだった。



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