フォーグレンの神官11
カルグレンはフォーグレンの東から少し離れた街だった。規模はフォーグレンの二分の一ほどで、染色に使う植物がよく取れることから、染織が発達し、近くの鉱山からは金が発掘されるなど豊かな街であった。
センはアルビーナが神官だったころ、年に何度か実家に帰るアルビーナについて、カルグレンを訪れたことがあった。アルビーナには体の弱い妹が一人おり、染物屋の両親と共に暮らしていた。両親は貧しいながらも、卑屈になることなく、アルビーナとセンが家に戻ると笑顔で迎えてくれた。
「あそこを曲がったところです」
何年ぶりだろうか。
上級神官になってから忙しく、アルビーナも生家に戻ることはなくなっていた。センは優しいアルビーナの両親の顔と、かわいらしい妹の顔を浮かべながら角を曲がった。
「……」
しかし、曲がった先に家はなかった。焼けて黒焦げになったレンガのみが残され、二階建ての木造の家は跡形もなくなっていた。
「いったい、何が?」
「あれ?あんた?」
センが呆然として立ちすくんでいると、体の丸々とした陽気そうな中年の女性が話しかけてきた。しかしセンの顔をじっと見つめると気のせいねと立ち去ろうとした。
「待ってください。この家で何が起きたか教えてくれませんか?」
センは去ろうとする女性を追いかけるとそう聞いた。
「あんた、グルラさんの知り合いなの?」
女性は眉間に皺を寄せて立ち止まり、センの顔をじっと見つめた。
「あのかわいそうなアルビーナの友達の、センという神官によく似てるけど。親戚か、何か?」
「……」
女性に睨まれ、戸惑っているセンに対し、笑いながらロセが間に入った。
「そんなわけないじゃないですか。いやあ。以前アルビーナさんにうちのお姫様が世話になって、そのお礼をしたいと思ってきたんですよ」
ロセは人のよさそうな笑顔と、中年女性にこびるような態度でそう言った。その隣でターヤも精一杯お姫様のふりをしようと笑顔を浮かべている。
センがハーヴィン王子の誘拐犯ということがこの街にも知れ渡っている可能性があった。ここでセンの身元がばれることは避けたかった。
「そう?それなら残念だけど、アルビーナはここにはいないわ。二年前に放火があってね。アルビーナが戻ってきたときにはグルラさんたちは皆……」
女性はそう言葉を紡いだ後、言葉を止めた。そして黒焦げのレンガに目を向けた。
「放火したのは街の金貸しどもだったわ…。グルラさんは娘さんの治療のため、お金を相当借りていたみたいなのね。そしてあいつらはお金を返せないグルラさん達を……」
女性はレンガから目をそらすと夕暮れの空を見つめた。その瞳にうっすらと涙のようなものが見えた。
センはアルビーナの両親と妹の顔を思い出し、胸がつぶれるように気持ちになった。センがアルビーナと共に家に戻ると温かく迎え、まるで自分の両親のように接してくれた。
「それでアルビーナさんは……?」
ロセがそう尋ねると女性はため息をついた。そして口を開いた。
「……アルビーナは放火したのが、あの金貸しどもと知って殴りこみにいったわ。でも……神官でなくなったアルビーナは奴らの返り討ちにあって……。かわいそうな子……」
アルビーナ……。
センは胸が苦しくなり、目を閉じた。
自分がのうのうと宮殿にいる間にそんなことを起きてるとは知らなかった。
「アルビーナさんはどうなったんですか?」
「奴らのもとから逃げ出して、街を出たわ。それから私もどうなったかは知らないわ。ただ……」
「ただ…?」
「数ヶ月前、金貸しの奴らが火事にあって死んだわ。火事を見たものは炎の龍を見てっていってたけど」
「炎の龍……」
「ま、神官でなくなったアルビーナが復讐なんかできるわけないのだけど……。きっとグルラさん達を見ていた神様が天罰を与えたのね」
「おい、ルーサ!お前、何、油売ってるんだ!」
女性がロセに向かってそう話していると、道の向かい側から厳つい顔をした中年男性が声を張り上げた。
「あんた。待ってよ。私はこの人達に……」
「関係ねぇよ。用が終わったらさっさと戻りやがれ!」
男は不機嫌そうに木のパイプを銜え、女性を睨みつけると歩き出した。
「じゃ、悪いけど。私はここで。アルビーナの行方は私にはわからないから」
女性は慌ててそう言うと、道を渡り、男の後ろ姿を追った。
センは女性の背中からアルビーノ生家のあった場所に視線を向けた。
そしてアルビーナのことを思い、息が苦しくなった。
金貸しに復讐したのはアルビーナだと思った。『神石』のかけらを手に入れれば力を使える。アルビーナはかけらを入手し、復讐を遂げたと感じた。
復讐……
私の姿に化けて、王子を誘拐した。
アルビーナではないと思っていた。
でもあの時、選ばれたのがアルビーナだったら、そんなことは起きなかったはずだった。
王家からでる報酬で家族を救い、今でもアルビーナの両親と妹はまだ幸せに暮らしていたはずだった。
王の命令であり、大神官の命令だった。
でも神官職を取り上げられても、罰せられたとしても宮殿に行くべきではなかった。
アルビーナは私に復讐しようとしている。
だから私の姿に化けた。
王子を誘拐したのはアルビーナだ。
センはそう確信した。
『あたしは絶対にあんたを許さないわ!覚えていなさい!』
血を吐くようなアルビーナの声が脳裏に蘇る。
アルビーナ……。
ターヤとロセは黒焦げのレンガが残る焼け跡を、じっと見つめて立ちすくむセンの姿を黙って見ていた。なんと声をかけていいか分からなかった。
夕暮れが終わりを告げ、夜が訪れようとしていた。
カラスの鳴き声が遠くなり、空が藍色に変わっていく。
西の空だけがまだほんのりとオレンジ色を残していたが、街は薄暗くなり、店を閉じ始める音が聞こえ始めていた。