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フォーグレンの神官128

 日が昇り始め、ティアナは兵士と侍女を連れフォーグレンへ旅立った。『神石』のかけらの力が使えない今、両大陸を横断するのは大変だった。一週間ほどかかるため、その荷物は大変多く、山賊に備えた兵士の装備はかなり厳重なものだった。


「セン、本当にいくの?」


 ティアナの賑やかな行列を街の片隅でみていたアルビーナはセンにそう声をかけた。センの傷はすっかり治り、時折キリカの家で預かる子供たちに武道を教えれるほどまでだった。

 カネリは一週間ほど前にネスと共にフォーグレンへ向かい、ロセとターヤはキリカの孤児院の手伝いに毎日忙しくしていた。

 センの様子が気になるアルビーナはキリカの怒鳴り声を聞き流しながら、ミシノと共にキリカの家に滞在していた。


「あんた、まさか死ぬ気じゃないでしょうね?」


 アルビーナの言葉にセンは何も答えず、ただティアナの行列が街を通るのを見ていた。


「あいつにあんたが殺されるくらいなら、あたしが殺したほうがましだわ。セン!」


 アルビーナはそう言うとセンに拳を突き出す。センは避けようともせず、その拳はセンの頬をかすり、皮膚を切り裂く。うっすら血が流れた。


「セン!」

「ごめん。アルビーナ」


 センは頬の傷口を手の甲を拭うとアルビーナに背を向け、街の路地に入る。


「あたしは許さないわよ。絶対に帰ってきなさいよ!」


 アルビーナはセンの背中に向かってそう叫んだ。センは振り向くこともせず、ただ手を上げた。



「セン様が……」 


 アルビーナからセンが街から旅立ったと聞き、ターヤは肩を落とした。

 別れの挨拶もしなかった。


「大丈夫、また帰って来るわよ」


 アルビーナがそう言って笑ったが、彼女自身がそう思っていないことをターヤは知っていた。

 行き先は……

 ターヤはそれを聞ききたくなかった。

 知りたくなかった。


 センとデイの間で何があったか、それは誰にもわからないことだった。

 しかし特別な絆が二人の間にあるのは確かだった。


 夕暮れとき、ターヤは森に来ていた。

 この森はターヤの気分を落ちつかせた。


「ターヤ」


 そう声がして、ロセが木の根に腰掛ける自分の横に座る。


「寂しいか?」


 ロセがそう聞き、ターヤは頷いた。姉のように慕っていたセン、それが自分に何も言わずに旅立ったことは悲しいことだった。

 ここ数カ月でターヤはいろんなことを経験をした。そして新しい姉の存在を知った。しかし最初の命の恩人であるセンはターヤにとって特別な存在だった。


「大丈夫だ。きっと戻ってくる」


 ロセはそう言うとターヤの体を引き寄せる。ターヤはロセに体を預けると空を見上げた。空は太陽が西の空に消えようとしており、青と橙色のグラデーションが美しく描かれていた。





 馬を駆け、センはデイのいる荒廃した村に向かっていた。

 シャレッドの眠る墓のあの場所にデイはいるはずだった。


 村に着き、センは馬から降りた。

 馬を繋ぐこともせず、センは歩いた。


「来たか……」


 センの気配を感じてか、墓標の近くに座っていた男-デイが腰を上げた。

 振り向いたデイは白い仮面をつけていなかった。そのフードで頭を覆うこともなかった。センはデイのどす黒く爛れた顔から目をそむけることもなく、見つめた。


「私はお前を殺しに来た。お前のしたことは許されるべきではない。そして私がしたことも……」


 センはそう言うと鞘から剣を引き抜く。夕方のオレンジ色の光が剣に反射してきらめく。


「殺せるものなら殺してもらおうか」


 デイはその顔を引きつらせると小屋に立てかけていた槍を持った。そして構えを取る。


「殺してやる!」


 センはそう言うと剣を握りしめ、跳んだ。


 金属のぶつかりあう鈍い音がした。

 剣はデイの槍先に止められる。

 センは剣を横に振うと後ろに跳んだ。


 殺すつもりだった。

 多くの人を、仲間を殺したデイを殺すつもりだった。


 そして……。


 デイの槍が視界に入り、センはそれを剣で弾く。武器を失ったデイに剣を振り下ろす。しかしデイが素手でそれを受け止めていた。


「甘いな」


 デイは剣ごとセンを押し返すと、槍の落ちた場所へ走った。


「させるか!」


 センはバランスを崩した体を元に戻すとデイを追う。そしてデイが槍を掴もうと手を伸ばしたところで、槍を足で踏んだ。

 

 今だ!

 

 センは剣を握りしめ、振り上げた。


 しかし、できなかった。


「馬鹿な女だ」


 デイはセンの力が弱まった隙をみて、槍を掴むとそれを振り回す。


「くっつ!」


 咄嗟に交わすがセンの脇腹を微かにかすり、血が出た。センは片膝を地面につき、デイを睨みつけた。


「俺を殺すんじゃなかったのか?お前も母親同様あばずれだな。あの後、お前の母親がどうなったか知ってるか?」


 デイはそんなセンを見ながら、槍をくるくると回し玩ぶ。

 センはデイの言葉に二十年前のことを思い出し、気分が悪くなるのがわかった。母親に愛されたことなどなかった。口答えすれば殴られた。あの時もむりやり客を取らされた。


「あばずれだかいい女だった。なかなかお前の居場所を吐かないから、抱いた後に殺した。いい女だったのにもったいなかったな」


 センは真っ赤な唇に下着のような服を纏い、男を誘うために甘い声を出す母の姿を思い出し、唇を噛んだ。

 あんな母だったが、センにとっては母親だった。


「殺してやる!」


 センは渾身の力を込めるとデイに切りかかった。

 肉を切る音がして、剣が深くデイに刺さったのがわかった。

 デイが持つ槍が地面に落ちる。


「……はっつ」


 センは剣から手を離し、地面に力なく座りこむ。 

 目の前でデイは笑うと自分に刺さった剣を抜いた。大量の血が傷口から飛び散る。センの全身に血がかかり、センは呆然をデイを見た。


「セン……」


 デイは名を呼ぶとその場に倒れた。


「デイ……」


 センはよろよろとデイに近づくと、その体を抱き起こした。

 憎くて刺した。

 殺したくて刺した。

 しかし、センの瞳から流れるのは涙だった。


「くっ、馬鹿な女だ。全く‥…。お前の母親は多分まだ生きてる。あの女、話そうとしなかった。まさか、お前が……火の神殿にいるとはな……」


 デイは口を歪めると、咳込む。口からどす黒い血が吐かれる。

 センは自分の感情がまったくわからなかった。ただデイを失いたくなかった。殺したいほど憎んでいるのに、失うのが怖かった。


「セン……」


 デイは自分の顔を優しく撫でるセンを見つめる。


「馬鹿なことを考えるなよ。お前に罪はない。俺が全てしたことだ。わかったな……」

「…デイ…」


 センの瞳から涙がこぼれ、デイの顔を濡らす。


「…涙か…。俺のために泣く奴がいるなんて、思いもしなかった……」


 デイはふっと笑うと、センの顔に触れる。


「最後にいい思いができた。俺は幸せだったかもな。俺のために泣く女がいるなんて……」


 それがデイの最後の言葉だった。

 センに触れていたデイの手がぱたんと力なく落ちる。


「デイ!デイ!!」


 センはデイの体を抱きしめ、その名を呼んだ。

 しかし、デイの体が再び動くことはなかった。


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