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フォーグレンの神官126

『俺もついて行くから』


 ロセはそう言うと、ヤワンとゲインを先に城に向かわせ、キリカの家につないでいる馬にターヤを乗せた。

 ターヤはロセに付いてこなくてもいいと訴えたが、ロセは聞く耳ともたなかった。ターヤはロセの背中からその鼓動を感じながらも、何も言わずただその背中にしがみついていた。


「着いたぜ」


 ロセはその原型が辛うじて残っている城門近くに着くと馬から降りた。そして馬を近くの森の木につなぐと、ターヤを降ろした。

 ロセは何も言わないターヤの手を握ると、城門に向かって歩き出す。ターヤは思わずぎゅっとロセの手を握りしめた。


「ターヤ……。俺が絶対にお前を守るから」


 ロセはターヤの手を引き、抱きしめるとそう囁いた。


「ロセさん……」

「ロセ!」


 ターヤはロセを呼ぶ声を聞き、慌ててロセから離れた。声をした方向を見る。そこにはフォーグレンの鎧を着たがっちりとした兵士が立っていた。


「カノト!」


 ロセは声の主の顔を見ると、嬉しそうに笑った。


「生きていたのか!」


 そしてカノトと呼ばれた兵士に近づく。


「当然だ。フォーグレンの被害は少ないからな。お前こそ生きていてよかった。水の神官は大半が死んだと聞いていたから心配してたんだ」


 カノトは近づいてきたロセの肩を軽く叩きながらそう言った。


「そこにいるのはあの時のかわいい神官だな」


 カノトはふとロセの背後に目を向けると、目をパチクリさせているターヤに笑いかけた。


「か、かわいい神官?!」


 ターヤはカノトの笑顔と罰の悪そうな表情をするロセを見比べる。


「ははは。まあ。そういうことだ!ところでなんでお前がここにいるんだ?遊びにきたわけじゃないんだろう?」


 ロセはターヤの怒ったような表情を見て、慌ててそう言うと背を向けカノトの肩を掴んだ。


「ああ。もちろんだ。ティアナ姫とハーヴィン殿下の護衛のために、来ている。ハーヴィン殿下がフォーグレンに戻るまでここに滞在するつもりだ」

「そうか、ハーヴィン殿下も来てるんだ」

「ロセ、お前はなんでここに来たんだ?誰かに呼ばれたのか?」


 ロセがターヤの様子を気にしている様子をおかしく思いながら、カノトはそう聞いた。


「ああ、ティアナ姫に呼ばれたんだ。カノト、案内を頼めるか?」

「ああ」


 ふいに表情を変えたロセと元気なく俯いたーヤを訝しげに見ながらカノトは頷いた。



「マオ王、およびでしょうか?」


 キリカの家から城に戻ったハーヴィンはマオに呼びだされた。 

 王室が破壊され、マオの部屋が臨時の王室になっていた。ハーヴィンは自分が呼び出されたことを不思議に思いながら、ハーヴィンの部屋に来ていた。


「そんなにかしこまる必要はない。そこに座って」


 頭を垂れるハーヴィンにマオは微笑みながらそう言うと、自分の向かいの椅子をすすめた。ハーヴィンはマオが座るのを確認し、腰を降ろす。


「ハーヴィン、私が君を呼びだした理由がわかるかい?」


 マオは深く椅子に腰かけ、腕を肘置きに置き、そう聞いた。


「いいえ。どういう用件でしょうか?」


 ハーヴィンはマオに笑顔を返しながらそう穏やかに答える。マオとはシュイグレンに来て初めて会った。ティアナによく似た美しい王だと思ったが、即位した彼が行ったことを聞き、その手腕に感嘆していた。


「妹の……ティアナのことだ。君はティアナと結婚する気らしいが、それは両国の戦争を避けるためだろう?」


 マオはその青い瞳を細くしてハーヴィンを見る。ハーヴィンはマオからそんなことを言われるとも思わず、言葉を失う。


「その気持ち、王としてありがたいと思う。今フォーグレンに攻め込まれたらこのシュイグレンはひとたまりもない。しかし……兄として、ティアナを愛するものとして結婚に同意はできない」


 ハーヴィンが驚いた様子をみてマオは微笑んだ。しかしその視線は鋭いままだった。


「馬鹿な王だと思う。しかし、ティアナが愛のない結婚生活で悲しむ姿がみたくないのだ」


 その言葉を最後に二人の間に沈黙が流れる。


 ハーヴィンはどう言葉を返すか迷っていた。

 確かに結婚を決めたのは両国の平和のためだった。

 しかし……それだけでないことは確かだった。

 

 センを愛する気持ちはまだ心の中にある。

 しかし、あの可憐な姫を愛おしいという気持ちも同時に心の中にあった。

 あの時、傷ついたハーヴィンを慰めるように抱かれたティアナ、ティアナの胸中も穏やかではなかったはずだった。

 しかしあの姫はハーヴィンに答え、抱かれた。

 妃として彼女ほどの女性はいないとハーヴィンは思っていた。


 センへの気持ちは消えないだろう。

 しかし、ティアナへの気持ちが高まっていることは確かだった。


「……マオ王。私は火の神官センを愛していました。しかし、これからはティアナ姫を妃として大切にするつもりです。彼女を泣かせるようなことはするつもりはありません」

「……信じていいのか?」

「はい。私の言葉に偽りはありません」


 マオはハーヴィンの言葉を聞くと視線を緩める。いつもの穏やかな表情に戻った。


「ハーヴィン。君の言葉信じよう。もし、その言葉に偽りがあった場合、覚悟はいいな?」

「はい」


 ハーヴィンはマオを真正面から見つめるとそう答えた。



「ロセさんはここで待っていてください」


 カノトに案内され、ティアナの部屋まで来るとターヤは部屋に入っていった。

 ロセはターヤのことが心配だった。しかし、ターヤの覚悟を見て、部屋の外で待つことを決めた。


 部屋の中にはティアナとラズナンがいた。

 二人とも椅子に腰かけ、お茶を飲んでいるようだった。


「ターヤ、来たのだな。こちらにこい」


 ラズナンに命じられ、ターヤを恐る恐る二人に近づき、椅子に腰かけた。

 ティアナはターヤに視線を合わすこともなく、ターヤの前にあるカップにお茶を注ぐ。

 ターヤはカップから湧き立つ湯気をみながら、これから何を言われるのかと覚悟を決めた。


「ターヤ。あなたの母上様は今どうしてるの?」


 ふいにティアナからそう聞かれ、ターヤは動揺した。しかし答えなければと口を動かす。


「……十年前に亡くなりました」

「そう、私と一緒なのね。私は育ててくれた母上がまだいるからいいけど、あなたは一人だったのね」


 ティアナはそう言うと紅茶の入ったカップに両手で握りしめた。


「私はあなたの存在を許せないと思った。だって、あなたのために私の母上様は亡くなったようなものですもの」


 ターヤはティアナの言葉に目を閉じた。そして膝に置いた手を握りしめる。


「でも今日あなたを見た時、そんな気持ちはなくなったわ。だってあなたって、とってもかわいいもの。私っていつも一番年下で、妹がずっと欲しいって思っていたの」


 ティアナは微笑むとターヤの手を掴んだ。


「母上が生きていれば同じことを言うと思うわ。あなたの瞳、その髪は母上が愛した父上と同じ色だもの」

「……ティアナ様」


 ターヤは泣きそうになる自分を叱咤して、ティアナを見つめた。ティアナは自分と同じ青色の瞳を輝かせてターヤを見ていた。


「姉上って呼んでくれないかしら?私そう呼ばれたことがないから、そう呼ばれると嬉しいわ」

「…姉上…」


 ターヤが涙声でそう呼ぶとティアナがターヤを抱きしめた。


「ターヤ。私はあなたにありがとうと言いたいの。あなたのおかげで世界は救われた。あなたのような妹を持って、私幸せだわ」


 ターヤはティアナの腕の中で溢れる涙を抑えきれなり、ポロポロと大粒の涙をこぼし始める。ティアナは嗚咽交じりに泣きだしたターヤをあやすように抱きしめた。


 開け放たれた窓から日が差し込む。光はティアナの金色の髪を輝かせ、ターヤの短い銀色の髪に反射し、煌めいていた。

 ラズナンは抱きしめ合う娘達の姿を眩しく思いながら、午後の穏やか時間、平和を噛みしめていた。


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