フォーグレンの神官125
「ターヤ、いい加減機嫌直してくれ」
キリカの家から少し離れた森の中で、木の上に登り、降りてこないターヤにロセがそう懇願した。
あの戦いが終わり、気を失ったターヤをロセは心底心配したが、疲労であることがわかった。キリカの家でキリカ、セン、アルビーナ、ミシノ、カネリ、ロセは休むことを決め、軽傷のキリカが重症のセンを治療した。セン以外の者は一週間ほどすると動けるようになった。それでも全快とはいえず、皆はとりあえずキリカの家に滞在していた。
ターヤは精神的疲労が大きかったが、肉体的には元気であった。数刻前、ロセと部屋で二人っきりになり、ロセに迫られた。ターヤはロセを殴りつけた後、家を飛び出し、森に逃げ込んだ。まだ完全回復とはいえないロセは体に鞭をうち、ターヤを追い掛けて来ていた。
「本当、俺が悪かった。だから降りてこいよ」
ロセは木を見上げ懇願する。ターヤが木に登りかれこれ長い時間が経っていた。朝食もまだ食べていないはずで、ロセは自分の早まった行動を反省していた。
髪が伸び始めたターヤをからかっているうちに、その唇に触れたくなった。そしてその唇に触れた後、勢いで押し倒してしまった。
「ターヤ!」
ターヤは木の上で遠くに見える半壊した城を見ていた。
マオを始めリエナ達はその半壊した城に住んでいる。あの戦いの後、ラズナンは自ら進んで城に向かった。人づてにラズナンは城のどこかに監禁されていると聞いていた。
父ラズナンに抱きしめられた感触をターヤはまだ覚えていた。
「ターヤ!」
ロセの声がはっきりと聞こえ、ターヤは考えごとを中断させられた。そしてすぐ近くにロセを感じ、ぎょっとして振り向く。
「俺も登ってきちまったぜ」
まだ全快でないはずのロセであるが、脂汗をかきながらその隣の木の枝に腰かけた。
「ロセさん……」
ターヤはそんなロセに申し訳ないと思いつつ、数刻前に自分を見つめたロセを思い出し、顔を背けた。
いつもと違うロセの様子にターヤは胸の鼓動が治まらなかった。目が合い、抱きしめられ、唇を重ねられた。そして床に押し倒された。
ターヤはその時の様子を思い出し、唇を噛みしめる。
「へぇ。ここから城が見えるんだ。はでに壊れてるな」
そんなターヤの様子に気づかないのか、ロセはそう言い、城の方へ目を向ける。
「あそこにラズナン殿下もいるんだな」
「……」
「なあ。ターヤ。俺とお前でラズナン殿下を助けないか?今なら城の警備も薄い。簡単に……」
「それはできないよ。城に監禁されることは父さん……ラズナン様が望んだことなんだ」
ターヤは同じように城の方を見ながらロセにそう答えた。
「ロセ!」
ふいに名前を呼ばれてロセは眼下を見下ろした。そこに警備兵の制服を着たヤワンとゲインの姿があった。
「ヤワン先輩、ゲイン先輩!」
ロセは勢いよく跳び下りる。二人の元気そうに安堵するが、二人が制服を着ていることにロセは首をかしげた。
「どうしたんですか?」
「ああ、制服のこと?俺達は警備兵に再就職したんだよ」
「?!」
ロセはヤワンの言葉に驚いて目を見開く。
「あの戦いでマオ王子…じゃなかったマオ王が俺達の活躍を買って、警備兵にならないかと誘われたんだ」
ヤワンの代わりにゲインはそう言葉をつづけ、すこし照れたように微笑んだ。
「神官の時も制服着てたから別にいいんだけど、警備兵の制服ってやたら派手だよな」
ヤワンが身につけている制服を触りながらそう不服そうに言う。片方の袖が風にそよぎロセはヤワンが腕を無くしたことを思い出した。
ロセの視線を感じ、ヤワンは微笑む。
「まあ。腕なしの俺を雇ってくれるから文句は言えないけどな。俺の家も俺が働かないとやばいしな」
ヤワンの家は街一屋敷であったが、龍によって船ともども破壊され、蓄えていた財や罪にはどさくさにまぎれて多くが盗まれていた。ショックを受けた両親は働く気力は失い、家の運営はヤワンの腕にかかっていた。
「ヤワン先輩、そのうち街が完全に復興すれば、国税も潤い制服を変わるんじゃないですか?」
ロセはヤワンを元気づけるようにそう言う。
「そうだな。そう願うところだな」
ヤワンはロセに慰められることになるとは思ってもみず、苦笑した。
シュイグレンの第五十三代の王にマオが即位した。
王になってマオが初めてした仕事が、城の備蓄を使った街の復興だった。城の復興は後回しにし、街の復旧に力を入れ、家族を亡くしたものなどに財を配った。
おかげで城は半壊したままだが、街は徐々に回復の色を見せていた。
マシラの時代に無駄に金をかけていた装飾品などは一切売り払い、質素な生活をマオ達は行っていた。それが城の警備にもおよび、以前であれば王が変われば警備兵の制服を変えていたのだが、それを無くしマシラ時代の少々派手な制服をそのまま使っていた。
「そうそう、用事を忘れるところだった」
ヤワンはそう言うと木の上を見上げた。隣のゲインも同じように木の上のターヤを見つめる。
「ターヤ、お前はターヤと言う名だろう?」
「……そうですけど」
ターヤは急に自分の名前を呼ばれ、戸惑いながら木の上から跳び降りる。ロセは少し警戒したようにターヤの前に立つ。
「ロセ。心配するな。取って食ったりしない」
ロセの様子にヤワンは笑う。そして再び口を開いた。
「ターヤ。ティアナ様から伝言だ。城に来てほしいということだ」
「?!」
ターヤは顔を曇らせると俯いた。
いつかこの時が来るのではないかと予想していた。
ティアナが自分をこのまま自由にさせるわけがないと思っていた。
父ラズナン同様城に監禁、もしくは処罰されるかもしれない……。
ターヤは唇を噛んだ後、顔を上げた。
「わかりました。城に行きます」