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フォーグレンの神官124

「カネリ……」


 扉を叩いても反応がなく、ネスは扉をゆっくりと開けた。ベッドに静かに眠るカネリの姿が見えた。

 ネスはベッドに近づくと、その傍の椅子を音を立てないように引き寄せる。そして座った。


 ネスとキィラは動けるくらいには回復していた。

 カネリ達がシュイグレンに向かい、ケイラが援軍を求めフォーグレンに戻った後、シュイグレンの兵士たちは独断でシュイグレンに向かって旅立った。

 間に合わないことはわかっていたが、このまま南の大陸で自分たちの街が壊されるのをただ待つ気にはなれなかった。

 動けないネスは苛立ちながらも、救護兵の助けを借り、怪我の治療に集中していた。そして一週間後、シュイグレンから知らせが届いた。それは戦いが終わったことであり、カネリを含む数人の神官が無事である知らせだった。

 多くの人が命を落とした。しかし、ネスはカネリが無事であったことに安堵していた。


 初めてカネリと会ったのは三十年ほど前だった。

 下級神官だったカネリは上級神官について水の神殿に来ていた。


 物言い、態度、どれも女性らしくなく、それがネスには新鮮だった。

 水の神官は火の神官と異なり、子供さえ作らなければ水の神官は自由に遊ぶことができた。ネスは年中時間があれば、街の女性たちと適当な関係を作っていた。


 しかし、カネリと会い、それをやめた。


 時たまシュイグレンに訪れるカネリに会うことがネスには楽しみであった。


「カネリ……」

「ネス」


 ネスはそっとその頬を撫でる。顔に刻まれるしわを感じ、ネスは歳月を感じた。


「初めて会ったときはあんなに美人だったのに、すっかりばばあだな」


 ネスはカネリの苦労を思い、そうつぶやいた。


「……聞いているぞ。ネス」


 すると不機嫌そうな声がしてネスはぎょっとした。浅い眠りだったようで、起こしたようだった。しかし、幸か不幸は最初の言葉はすっかり聞こえてないようだった。


「わしがばばあなら、お前はすっかりじじいだ」


 カネリは目を開くとネスを睨みつけ、体を起こした。


「憎まれ口はあいかわず変わってないな。元気そうでなによりだ」


 ネスは苦笑するとカネリに笑いかける。


「お前よりはましだ。お前もすっかり元気みたいだな」


 カネリはいつものようにそう答えた後、窓の外を見る。その横顔は少し力がないように見えた。

 六歳のころから神殿で育ってきたカネリにとって、『神石』を失い、力を失ったことは大きな変化だった。神官という立場を失い自分のあるべき姿がわからず、正直戸惑っていた。


「お前、これからどうするつもりだ?フォーグレンに戻るのか?」


 ネスはカネリの横顔にそう問いかける。


「わしは他の神官の行き先が決まり次第、フォーグレンに戻る。わしのために犠牲になったミルの家族を見守るつもりだ」

「そうか……」


 カネリの答えにネスは相槌を打ち、同じように窓を見る。窓の外は晴天で、光輝く森の姿と青い空が見えた。


「カネリ……。俺も一緒にフォーグレンに行くぞ」

「……来る必要はない」


 カネリは窓の外を見たまま、そう答える。


「残念だな。お前に選択肢はない。俺はお前について行くつもりだ」

「?!」


 ネスはそう言うと、カネリの頬に軽く口づけた。カネリは年外もなく、自分の顔が真っ赤になるのがわかった。ネスはそんなカネリに意地悪く笑うとカネリを強引に抱きしめた。


「お互いじじいばばあだ。お前の弔いくらい俺がしてやる」

「先に死ぬのはお前だ」


 カネリは真っ赤になった顔のまま、ネスの体を押しのけるとそう言った。



「兄さん、わたし、いいこと思いついたの」

「何?」


 キィラは紅茶の入ったカップを優雅に持ち、弟のキリカに顔を向けた。

 大神官になり水の神殿を出ることができなかったキィラにとって、こうやってキリカとお茶を飲むのは久々だった。

 キリカと会ったのは下級神官になったころで、たまたま実家に戻った時に、ひどい扱いを受けているキリカに会った。

 そのころのキリカはがりがりに痩せており、キィラは自分の給料からいくらかお金を出し、キリカを家から出し、養った。ネスの女友達の家に泊ませたりしていたが、ある日、キリカは一人立ちをしたいと、キィラとネスの前から姿を消した。

 十年後、すっかり大きくなったキリカは美しく変貌しており、どのようにして生きてきたのか想像ができた。しかし、その心までは売っていなかったらしく、ある程度の金を貯めると自分の店を出した。キィラとネスはキリカに薬草の使い方を教え、キリカは薬師として店を構えるようになった。


「兄さん。ここをわたしは孤児院にしようと思ってるの。あの戦いで結構親を亡くした子供がいて、預かるところがないみたいなの。だから、ここで預かるつもり。親のいない子はいろいろ大変だから。わたしはその面倒をみるの。いいと思わない?」

「それはいい考えだね。私もぜひ雇ってもらいたいな。『神石』がなくなり無職だからね」

「もちろんよ。わたしは最初からそのつもりなの。兄さんには子供たちにいろいろ教えてもらいたいことがあるからね」


 キリカはふふふと楽しそうに笑うとそう答える。


「キリカ~」


 二人が和やかにそんな会話をしているとミンが中庭に入ってきた。その手にはなにやら紙のようなものを持っている。


「これ頼まれたものだよ。やっぱり親を亡くした子が結構いるみたいで、早く迎えにいったほうがいいと思う」


 ミンはその紙をキリカに渡しながらそう言った。

 キリカが受け取った紙を開くとそこには親を亡くした子供たちの名前が書かれていた。


「さあ。早速仕事ね。兄さん、わたしはミンと一緒に子供たちを迎えにいってくるわ。家ことよろしくね~」


 キリカは椅子から腰を上げるとそう言った。そして、ミンと共に中庭を出ていく。


「任せておいて。私がしっかりみておくよ~」


 キィラはキリカの背中に向けてひらひらと手を振るとそう答えた。


 中庭では美しい花々が咲き誇っている。キィラは花々をぼんやりみながら、これから始まるであろう賑やかな生活を思った。


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