フォーグレンの神官9
「センか?ちょうどよい、入れ」
本殿警護の神官に取り次いでもらうとすぐにそう大神官から声がかかり、センは本殿に入った。そこには神殿担当の大臣の姿も見え、センは居心地悪さを感じた。
しかしここで躊躇するわけにはいかなかった。
「大神官様、」
「上級神官セン殿。宮殿には来週から来てもらう。よいですな」
「来週?!」
口を開こうとしたセンを牽制するように大臣が言葉を発し、センを珍しく声を荒げた。
しかも来週に異動とは聞いていなかった。予定では来月初めだった。
「王子が待ちわびておる。宮殿ではこちらと違って自由に過ごせるぞ。何でも好きなものが与えられるだろう」
「……」
大臣のその言葉でセンは改めて自分が選らばれた理由が分かった。
やっぱりこの忌まわしい顔のせいで選ばれたんだ。
「大神官様、大臣閣下。私はまだ未熟もので宮殿に上がるなんてとんでもありません。今回、辞退させてください」
「なに?!」
センの言葉に大臣がぎょっとして顔を歪め、大神官は目を細めた。センがそう言うであろうことは予想してたようで、苦渋の表情を見せる。
「できぬぞ。これは王の命令でもある。拒否すれば、神官職を失い、神殿追放となる」
「なっつ、大神官様!」
「……セン。すまぬがわしの力が及ばぬのだ。素直に従ってくれ。わしはお前を失いたくない。二年後だ。二年後には王子が結婚することになっている。それまで我慢するのだ」
「が、我慢じゃと?!」
大臣は大神官を睨みつけたが、彼女は動じず、冷たく見返した。
「アルビーナ!待ちなさい!」
ふいに本殿警護の神官の鋭い声が上がり、アルビーナが現れた。
「何事だ!?」
大神官は現れたアルビーナに険しい顔を向けた。
アルビーナは目を真っ赤にさせ、その顔は鬼の様な形相だった。
大臣は恐怖に顔を歪めて、大神官の後ろに隠れる。
「セン!あたしはあなたを絶対に許さないわ!」
アルビーナは大神官を見ることもなく、センを見据え血を吐くように叫んだ。
その瞳は憎悪を湛えたものだった。
アルビーナにそんな瞳で見られたのは初めてだった。
「王子に取り入っていたなんて。卑怯だわ。最低!」
アルビーナはそう言うと額の赤い石にふれ、炎を作りだした。
「許さない!」
アルビーナは炎をセンに向かって放った。しかしセンはアルビーナから放たれる炎から身を守ろうとしなかった。
事実ではないとは言え、アルビーナにそう思われるなら死んでも構わなかった。
「アルビーナ!」
それまで様子を見守っていた大神官が厳しい声を上げた。そしてアルビーナの炎をかき消す。
「大神官様!」
アルビーナは自分の炎を消した大神官を睨みつけた。
「あなたも知っていることなんですね。みんなで!神殿なんてお笑いだわ!」
アルビーナは両手いっぱいに炎を作り出した。
しかし、その炎が放たれることはなかった。
大神官がアルビーナの額から『神石』のかけらを奪い取っていた。
「大神官!くっ!見てなさい。いつか力を取り戻して、絶対に復讐してやるから。セン、あたしは絶対にあんたを許さないわ!覚えていなさい!」
アルビーナはそう言うと懐から小瓶を取り出し、床に投げつけた。すると煙が神殿に広がる。
しばらくして煙が収まったころには、アルビーナの姿は消えていた。
「おーい、センさん」
「セン様~」
センがうっすらと目を開けると、ロセとターヤの顔が見えた。
不覚にも寝てしまったらしい。
二年前の夢を見た。当時は毎晩のように見た夢だった。
アルビーナが神殿から消え、センは宮殿に異動になった。最後まで拒否したが、最後には折れ、センは宮殿に上がった。
アルビーナ……。
センは寝起きのぼんやりとする意識のまま、顔を上げた。幌と幌の間から刺すような鋭いオレンジ色の光が差し込み、センの目を刺激した。
すると思い出したのは穏やかな黒い瞳を持つハーヴィンの顔だった。
『セン‥』
脳裏にハーヴィンの胸を突くような声が蘇る。
「セン様?」
ぼうっとしているセンにターヤは首をかしげた。
「カルグレンに着いたのですか?」
センは目を閉じて、ハーヴィンの幻影を消し去るとターヤにそう聞いた。
「そうみたいです」
ターヤがそう答え、ロセが後ろ側の幌を巻きあげる。夕暮れの光が一気に荷台に流れ込んだ。
「さあ、行こうぜ」
ロセは荷台から飛び降りると、光を背に二人に手を差し出した。