フォーグレンの神官113
そっと背中に触れる手、冷たいひんやりとした感触。
どうして手当てをするんだ?
私を殺したいんじゃないのか?
センが憎悪の目を向け、デイにそう問いかける。
「お前が回復した後、ゆっくりといたぶって殺すつもりだ。そのほうが面白いだろう?」
「くそっ」
体を起こそうと体に力を入れると、両腕を押さえつけられる。
「傷がまた開いた。つまらんな。これじゃいつまでたっても、お前を殺せない」
「っつ」
デイはセンに耳元でそう囁くと両腕を放した。そして開いた傷に薬草を潰し作った塗り薬を塗っていく。
時折、背中に触れるデイの指はなめらかな滑らかな肌触りだった。それは熱をもった背中に適度な冷たさを与えた。
「悔しいか?」
デイは笑うようにそう言った。
「悔しいなら、早く傷を治せ。俺を殺したいんだろう?」
「……」
センはベッドに伏せたまま、動かなかった。なぜか涙が出てきた。この男に飼殺されているような気がして、悔しかった。
そして同時にデイの冷たい指先から伝わる感触を心地よく思う自分が許せなかった。
このまま、このままでここにいるくらいなら、いっそ……。
「馬鹿なことを考えるのはやめるんだな。お前が死んで喜ぶのは俺くらいだ」
デイは治療を終え、センにぱさっと布をかぶせる。
「数日大人しくしていれば傷が塞がる。それから俺と戦うことを考えるんだな」
デイはそう言うと部屋を出ていった。
多分、またシャレッドとかいう幼馴染の墓に行くんだろう……。
センはそんなことを思いながら、目を閉じた。
死ぬのは簡単だ。
でも今じゃない。
あの男を殺してやる。
あの男を殺して、自分も死ぬ。
それが今のセンのたった一つの願いだった。
「行かせてください!」
「君がいっても意味はない」
部屋を出ていこうとするティアナをハーヴィンが力づくで止めていた。
火の下級神官ケイラが無傷の火の神官を連れ、宮殿を後にしたのはかなり前のことだった。
一緒に連れて行って欲しいというティアナをハーヴィンが止め、ケイラ達を旅立たせた。
ティアナは精一杯抵抗し、ハーヴィンは仕方なく気を失わせて部屋に休ませていた。
目覚めたティアナは止める侍女を押し切り、部屋を出ていこうとした。しかし警備兵止められた。 騒ぎを聞きつけてハーヴィンが中に入り、騒ぎはどうにか収まった。
ハーヴィンは自分の部屋で話そうと、ティアナを部屋に連れて来ていた。
「あなたには関係のないことです。私はシュイグレンの王族として民のために最後まで戦うつもりです」
「君に何ができるのだ?神官のように、兵士のように戦うことができない君が戻っても意味はない」
「……わかっています!でも戻らなければ、国の大事に私だけのうのうとここにいるわけにはまいりません!」
「ティアナ姫」
ハーヴィンはティアナの名前を呼ぶと抱きしめた。
「落ちついて。君はやるべきことはやったはずだ。君だけでもこの国に残るべきだ」
ティアナの頭上から彼の穏やかな声が降ってくる。初めてハーヴィンから先に抱きしめられた。ずっと求めていた感触だった。
しかし、今はそれに喜びを感じることはできなかった。
「離してください!」
「離さない。君が諦めるまでは。私はもう誰かが自分の側から消えるのは嫌なんだ」
「……ハーヴィン様」
ティアナは切ないハーヴィンの声と、その強く抱きしめられた腕を振り切ることができなかった。
ハーヴィンを刺したのはセンだと聞いていた。
そのセンがネスの剣により、血を流していた姿をティアナは遠くから見ていた。
センとデイの行方は誰にもわからなかった。
すでに死亡しているという話も聞こえてきていた。
ティアナは自分を抱くハーヴィンの背に手を回す。
ハーヴィンは少し驚いたような顔をして、ティアナを見つめた。
二人の視線が重なった。
ハーヴィンはティアナを抱く力を強めた。
「すまない」
そしてそう言うとティアナの唇に自分の唇を重ねた。