フォーグレンの神官111
「ターヤ……私のターヤ」
優しく自分の髪を撫でる母タリザの声が聞こえた。
優しい、優しい声。
「母さん……」
幼いターヤはタリザの膝にのり、見上げる。
「ターヤ。ごめんね。でも私はあなたを産んだこと、後悔はしてないわ」
「母さん?」
幼いころの微かな記憶……
いつもは気丈な母が時折、泣いている姿を見たことがあった。
それはいつも、空が曇り、雷が鳴り響く日だった。
母はじっと空を見上げていた。
「母さん、何が見えるの?」
悲しげなタリザにある日ターヤはそう聞いたことがあった。
「…あなたのお父さん…私の愛する人の姿が見える様な気がするの」
そう答えるタリザにターヤはそれ以上聞くことはできなかった。
タリザはターヤをぎゅっと抱きしめ、その銀色の髪を愛おしそうに撫でる。
「母さん…僕、父さんに会ったんだよ。でも父さんと戦わなければならなかった。僕は父さんを止めなきゃならなかったんだ」
「母さん?」
自分を抱きしめていた母がその言葉を聞き、急に腕の力を弱めた気がした。
ターヤは訝しげに顔を上げる。
「どうして?どうしてなの?」
「だって、父さんは多くの人を殺した。僕は止めなきゃいけない。だって僕は神官だもの」
タリザはターヤの言葉を聞くとふと皮肉気な笑みを浮かべた。
そしてその姿が変化する。
「水の女神!?」
ターヤは慌てて水の女神から離れる。
「人間など下らない生き物。殺してしまえばいいものなの。ワタシに刃向うならあなたも殺すわ」
「!」
水の女神はそう言うと、氷の剣を作り出す。そして振り上げた。
「ターヤ!」
真っ赤な血しぶきが舞うのがわかった。
暖かい感触がした。
「…と…ラズナン様!」
自分を抱くのがラズナンなどわかり、ターヤを戸惑う。
そしてその背中から血が止めどうことなく流れているのがわかり、声を震わした。
「ど…どうして?」
「ターヤ。我はお前の誕生を祝うことも、一緒に生きることもできなかった。しかし、タリザがお前を産んだことに感謝している」
「ふん。馬鹿馬鹿しいこと」
水の女神は血の付いた剣を撫でると、再度剣を振り上げる。
しゅっと音がした。
そして、ターヤは意識を失った。
意識を失う瞬間、力強く抱きしめられ、ラズナンの胸の鼓動が聞いた気がした。
「キリカさん?!」
シュイグレンの街に辿りついたロセは、剣を振り回し龍と戦うキリカの姿を見て、驚きの声を上げた。
伊達に大神官様の弟じゃないな…
ロセはそんなことを思いながら、火の龍に向かって飛ぶ。
そして、その前に降り立つと龍をにらみつけた。
ネスから龍の側にはターヤやラズナンの姿が確認できなかったことを聞かされた。
ネス曰く、火の神も水の女神も石から解放され、己の意思で動いていると可能性が高いということだった。
確かに目の前の火の龍は元来の紅蓮色に戻っており、ターヤと融合して際に黄金に光っていた姿とは異なっていた。
だったら、融合がとけた後のターヤはどこにいったんだ?
「ロセちゃん?!なにぼーっとしてるのよ。兄さんは?ネスは?」
ぼーとしているロセの姿を見て、キリカが怒鳴りつける。
「大神官様は今……こっちに向かっているところです。俺たちが先に来ました」
ロセは兄思いのキリカにすこしだけ嘘をつくと、龍を睨みつける。
龍達はロセに構うことなく、街を襲い続けている。
「火の神よ!」
ロセは飛び上がると、火の龍の顔に近づく。
「馬鹿!何してるの!」
「火の神よ。ターヤはどこにいるんだ!」
キリカの止める声も聞かず、ロセはそうたずねた。火の龍はあざ笑うかのように咆哮を上げると炎を吐いた。
「ロセ!」
キリカは氷の壁を作ると炎からロセを守る。
「ありがとうございます」
ロセはキリカにそうお礼を言うと、龍に再び向き合った。
「やっぱり、ターヤはあんたの中にいないみたいだな!」
「どういう事?」
キリカはロセの言葉に疑問をもって、そう口にする。しかし間髪いれず炎に襲われ、その疑問を解くことができなかった。
ロセは火の龍が自分に躊躇なく攻撃したことで龍の中にターヤがいないこと、融合が解けていることに確信を持った。
火の神にどうやってでもターヤの行方を聞いてやる!
「火の神!俺の質問に答えろ!」
ロセは剣を構えるとそう叫びながら龍に切りかかった。