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春を知らぬ家

作者: をはち
掲載日:2026/09/04

雪に埋もれた家で、老夫婦は娘を育てた——春を知らぬその家で。


戦後間もない頃、雪に閉ざされた山奥の物語。


そこには源重とその妻、名も知られぬ老女が二人きりで暮らしていた。


辺りは人跡未踏の厳しい土地。


冬の雪は家を屋根まで飲み込み、春まで溶けることはない。


数か月、雪に埋もれた家で過ごす生活は、常人には耐えがたいものだった。


だが、この老夫婦は長年の知恵と経験で、何事もなく生き延びてきた。


源重はまたぎを生業とし、麓の村人たちとはほとんど交流を持たなかった。


村では彼の年齢が噂の種で、「百歳はとうに超えているのではないか」と笑いものになるほどだった。


それほどに、彼らは村から隔絶していた。


源重に用がある者も、源重が村人に求めるものも、ほぼ存在しなかった。


ただ、年に一度、決まった日に老夫婦は山を下り、汽車に乗ってどこかへ旅立った。


半月ほどで帰ってくるのだが、駅で出会った者は口々に言う。


「あの歳で肌に艶がある」


「生命力に溢れている」と。


老夫婦は笑いながら答えた。


「湯治の帰りだもの。当然じゃ」と。


それからまた、山の奥へ姿を消す。


だが、ある年、いつもと異なる出来事が起きた。


駅舎に子が捨てられていたのだ。生後一月ほどの女児だった。


戦後の貧しい村で、誰もがその子は死ぬだろうと思った。


だが、老夫婦は違った。彼らはその子を山の小屋へ連れ帰り、我が子のように育て始めた。


赤子はやがて美しい少女に育った。


村には不釣り合いな洋装をまとい、輝くような美貌を持っていた。


老夫婦は彼女のために頻繁に山を下り、物資を調達した。


村人たちは驚き、噂した。


「あの老夫婦が、子を育てるためにそんな苦労を」と。


ある大雪の夜、村外れの医師の家に扉を叩く音が響いた。


開けてみると、源重と妻が立っていた。


背には少女が負われており、顔は熱に赤らみ、肺炎の兆候が見えた。


医師は驚愕した。


あの猛吹雪の中、老夫婦がどうやって山を下りてきたのか。


少女への深い愛情に胸を打たれた医師は、全力で治療に当たり、少女を救った。


源重は礼として熊三頭を医師に贈ったという。


過剰な謝礼に、医師は言葉を失った。


この話は村中に広まり、老夫婦の少女への献身と、少女の美しさが語り草となった。


やがて少女が成人すると、求婚者が小屋を訪れたが、老夫婦は全て断った。


年月が流れ、少女の存在は村人の記憶から薄れていった。


そんなある冬、雪山で遭難した旅人が老夫婦に救われた。


目を覚ました旅人は、十日が経過し、戸外は厚い雪に閉ざされていると知らされた。


「あと二か月は出られん」と源重は告げた。


急ぐ旅ではなかった男は、老夫婦の世話になることにし、旅の話を始めた。


ふと、旅人は小屋に散らばる女物の洋服や姿見に目を留めた。


「この家には娘さんがいるのですか?」と尋ねると、源重は平然と答えた。


「もう何年も前に食ってしまったよ」


旅人は凍りついた。


悪い冗談だと詰め寄るが、源重は冷たく続けた。


「お前たち人間も、牛や馬を食うだろう。それと同じだ。


俺たちはあの娘を愛情込めて育て、大きくしてから食った。何が悪い?」


旅人は生唾を飲み込んだ。


窓の外では、吹雪が猛り狂っていた。


逃げ場のない小屋で、老夫婦の目は静かに、しかし異様な光を湛えて旅人を見つめていた。


雪はまだ、止む気配を見せなかった。

読んで頂き有り難う御座います。

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