春を知らぬ家
雪に埋もれた家で、老夫婦は娘を育てた——春を知らぬその家で。
戦後間もない頃、雪に閉ざされた山奥の物語。
そこには源重とその妻、名も知られぬ老女が二人きりで暮らしていた。
辺りは人跡未踏の厳しい土地。
冬の雪は家を屋根まで飲み込み、春まで溶けることはない。
数か月、雪に埋もれた家で過ごす生活は、常人には耐えがたいものだった。
だが、この老夫婦は長年の知恵と経験で、何事もなく生き延びてきた。
源重はまたぎを生業とし、麓の村人たちとはほとんど交流を持たなかった。
村では彼の年齢が噂の種で、「百歳はとうに超えているのではないか」と笑いものになるほどだった。
それほどに、彼らは村から隔絶していた。
源重に用がある者も、源重が村人に求めるものも、ほぼ存在しなかった。
ただ、年に一度、決まった日に老夫婦は山を下り、汽車に乗ってどこかへ旅立った。
半月ほどで帰ってくるのだが、駅で出会った者は口々に言う。
「あの歳で肌に艶がある」
「生命力に溢れている」と。
老夫婦は笑いながら答えた。
「湯治の帰りだもの。当然じゃ」と。
それからまた、山の奥へ姿を消す。
だが、ある年、いつもと異なる出来事が起きた。
駅舎に子が捨てられていたのだ。生後一月ほどの女児だった。
戦後の貧しい村で、誰もがその子は死ぬだろうと思った。
だが、老夫婦は違った。彼らはその子を山の小屋へ連れ帰り、我が子のように育て始めた。
赤子はやがて美しい少女に育った。
村には不釣り合いな洋装をまとい、輝くような美貌を持っていた。
老夫婦は彼女のために頻繁に山を下り、物資を調達した。
村人たちは驚き、噂した。
「あの老夫婦が、子を育てるためにそんな苦労を」と。
ある大雪の夜、村外れの医師の家に扉を叩く音が響いた。
開けてみると、源重と妻が立っていた。
背には少女が負われており、顔は熱に赤らみ、肺炎の兆候が見えた。
医師は驚愕した。
あの猛吹雪の中、老夫婦がどうやって山を下りてきたのか。
少女への深い愛情に胸を打たれた医師は、全力で治療に当たり、少女を救った。
源重は礼として熊三頭を医師に贈ったという。
過剰な謝礼に、医師は言葉を失った。
この話は村中に広まり、老夫婦の少女への献身と、少女の美しさが語り草となった。
やがて少女が成人すると、求婚者が小屋を訪れたが、老夫婦は全て断った。
年月が流れ、少女の存在は村人の記憶から薄れていった。
そんなある冬、雪山で遭難した旅人が老夫婦に救われた。
目を覚ました旅人は、十日が経過し、戸外は厚い雪に閉ざされていると知らされた。
「あと二か月は出られん」と源重は告げた。
急ぐ旅ではなかった男は、老夫婦の世話になることにし、旅の話を始めた。
ふと、旅人は小屋に散らばる女物の洋服や姿見に目を留めた。
「この家には娘さんがいるのですか?」と尋ねると、源重は平然と答えた。
「もう何年も前に食ってしまったよ」
旅人は凍りついた。
悪い冗談だと詰め寄るが、源重は冷たく続けた。
「お前たち人間も、牛や馬を食うだろう。それと同じだ。
俺たちはあの娘を愛情込めて育て、大きくしてから食った。何が悪い?」
旅人は生唾を飲み込んだ。
窓の外では、吹雪が猛り狂っていた。
逃げ場のない小屋で、老夫婦の目は静かに、しかし異様な光を湛えて旅人を見つめていた。
雪はまだ、止む気配を見せなかった。
読んで頂き有り難う御座います。




