あなたたちが奪った大切なインクは特別仕様なので返していただかなくても結構です
「返してください!」
「これは貰っておいてやる」
娘のルピにあげたアーリエが制作した、金色のインク。それは誕生日プレゼントであり、メッセージカードなどのデザイン程度にだけ使うように、強く言い聞かせていた。それ以外の用途に使ってはいけないと。大切な物なのに他国の王太子たち、側近候補たちに奪われたと泣きながら伝えられる。
「まさか、王族が盗賊みたいなことをするなんて……」
困った、と思ったものの金のインクはまだあるので問題はないかと頷く。娘のルピは学園が建物的に芸術性が高いからと一週間ほど訪問を許可されたので、絵を描くためだけに訪れた期間限定の物見だった。家族で行く旅行先にあっただけの観光地である。
金のインクは気に入っているので持ち歩いていたのだが、運悪く鞄から出したところで目をつけられて奪われたとか。学園長たちに告げるとこの国の王太子たちなので、返してもらうのは難しいと言われてなにそれ、と怒りながら帰ってきた。
あまりにも横暴すぎる。帰ったら学園で皆に教えるんだからっ、と息巻いている。祖国で仲が良いメンバーを思い出すと苦笑が浮かぶ。一言どころか詳細を事細かに話すだろうことを考えると、ひと騒動起こるだろうな。
愛娘ルピの私物を盗む方が悪い。見せびらかしてもいない物を、許可なく勝手に手に取って。彼らの監督をするべき大人が罪を見て見ぬ振りをした結末はきっと、国ごと罰を受ける。そう感じた。予言ではなく高い確率の話である。
娘と共に祖国に静かに帰ると普通に向こうからの謝罪は一切なく、なかったことにされたのは明白でわかりやすい見下しにバカにした視線を、国境越しに向けた。
母親のアーリエからの贈り物を奪うなんて、まるで幼児のやることだ。向こうの国の王家の子供は大人になりかけに見えた幼児なのだろう。そちらも娘に教えてあげたらと親切に話題に出したら、それもいいねと同意した。
帰国した日にあんなことやこんなこと、とルピが伝えると婚約者の男の子も憤り、抗議をしようと伝えたがしなくていいと宥めたと聞きそれでいいと、お互い頷いた。何もせず黙っておけば勝手に自滅すると分かっているから。
ルピが周りに金のインクについてそれとなく伝えると、共に聞いていた高位貴族の令嬢がそれを友人の王子に伝えて、それを王に伝えたのは噂っていうものの特別な性質だろう。
こちらとしては待つだけで勝手に進む。のんびりして好きなことをして、ことが動くまで見ているだけでいい。アーリエは娘が金インクを取られたと告げた、悲しげな顔を覚えている。
許すことはできない。大切なものを盗るなどただの盗人で泥棒だ。肩書きなど後からついてきたものであり、許されるものではない。金を払うこともなく同意もないそれは法律上、犯罪行為に他ならないのだ。
許すことはないと言ったが、少し違う。許す前にこちらはすでに罠と罰を設けている。許さない時間と、じわじわ後々起こることで胸がすくと思えば、まだ待てるのだ。
それが起きたらきっと、新聞を読んだり報告を聞いたりしてよかったと笑みを浮かべるのは、とっくに決定している。待つだけ、待つだけなのだ。
ルピが友人たちに語ると友人の中に高位貴族と仲がいい人がいて、高位貴族はそれを聞いて王家の歳の近い人に語る。
最終的には王の子供は王にこの話を食事の時に提供し終えると、王がそれならばと書類を片手にウキウキとした企顔で、親子で旅行した国の王家のトップのところへ向かう。
そうして色々なものを契約書に記入する際、金色インクを当たり前のように見せびらかしてサインしていたと語るのは、王の子供。高位貴族から中位貴族、下位貴族と話は下に流れて巡り巡って我が家へも耳に入る。
耳に入る頃には金色インクのことなんてすでに忘れていた。娘に次の年からアーリエが手ずから、ラメ入りインクを作ってあげたからだ。ルピも金色よりラメの方が気に入ったらしく、目をキラキラさせて大喜び。
ラメの素材を黒インクと混ぜたものは上品で大人っぽく、それを使った絵やカードなどを友人に送れば興奮したお返しが返ってくる。どこに売っているのか、どこにあるのかと。
ルピは母の手作りだと自慢げに書けば、周りは売って欲しいと盛り上がる。そんな華やかな空気と真逆な様子である国があることを、アーリエは知っていた。娘からインクを奪った国だ。
アーリエたちの国の国王があちらの国に赴いて契約書などを交わしたとき、自慢げに金インクを使ったらしいと聞いた時から、こんな日が来ると思っていたものだ。
「聞いたか……あの国の文章から文字が消えたって」
「一つ残らず消えたらしいな」
今話題なのは、消えた文字の謎だ。金インクをたっぷり使った彼らの文字が、突如消えたともっぱらの噂が巷を賑わせている。あの金インクは実は、温度が高くなると消える仕様なのだ。
ジョークの類いのつもりで、娘にしか使わせないので普段使い厳禁の物。絵に使うときはある時と消えた時を楽しむ為の、一粒で二度美味しいをするためだけのものなのだ。
金色を本当に使えるインクは別で使っているので、奪われたのは偶然にも消える方だった。被害者のこちら側が一々、馬鹿正直にそのインクは消えるので返してくださいとは言わない。奪われたことに腹を立てていたし。
なにかあったときに、こちらのせいだと奪ったくせに責任転嫁してくる可能性もあるので、防衛対策としての意味もある。
消える上に使い所などない。貴族に奪われたところで、彼らが上手く使える可能性は低かった。文字にでも使うと大変なことになるとわかっていたので、敢えて何も言わずに帰ったのだ。素直に返してくれれば何かの問題など起こらなかった。
案の定、契約書などに使用して自慢を他国にしたいがために、他国との重要な書類に使用したらしい国は現在、大事件として大慌てしてだと新聞で連日、賑わいを見せている。
それを読み、娘の友人たちの一人である高位貴族と縁がある人間に、王族から礼を受けたと嬉しそうに言われたらしい。娘が別に功績でもなんでもないんだけどねと、苦笑して話していた。
消えるインクのおかげで欲しかったものを、無事に根こそぎ奪えたらしい。人からインク一つを取ったにしては高い勉強代になったわけだ。夫ソラスも嬉しそうに娘から奪うから、報いを受けたんだなと楽しそうに笑っていた。
金インクの着想は消えるペンインクから。一時期流行った物をまた作って、使いたくなったからこそ出来上がった。家族内で使って終わりのものだった。内輪で楽しんで、インクで遊ぶだけの思い出になるはずだった文房具の一つ。
ルピから奪った張本人の王子はなんてものを拾ったのだと、連日叱責されているとか。なるほど、王子は拾ったと誤魔化したのか。普通に盗んだことを言っておけば、簡単に使うこともなかったかもしれないのに。盗人王子を産んだ王家など、別にどうなってもいいのだけど。
ルピは楽しげに婚約者と絵を描いているのを見て、次は何のインクにしようと悩む。実は、高位貴族を窓口に王家からリクエストを受け取っているのだ。
「今度は何のインクを作るつもりだ?」
ソラスがアーリエへ眺めながら問いかける。愛しい人に見つめられながら、フフフと笑う。王家には金色のインク以外でと、願われていることを思い出したのだ。
「あの子の恋を応援するインクかしらね」
「は?」
夫のズレたメガネを整えて、顔を手杖で支えにしてから視線を意味深なまま真正面に向けた。
「驚きすぎ」
秘密を打ち明けるようにクスッと声が空に溶けていく。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。消えるインク楽しかったですよね




