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第9話 男性心理を知りたいの

 瑛理子えりこ先輩とメアリー先輩に挟まれたあの日から一夜明け、俺は何事も無かったかのように登校していた。

 願わくば、変な噂が広まってないのを祈るばかり。


 まあ、そんな都合の良い話はないよな。俺の細やかな願いは脆くも打ち砕かれる運命よ。

 案の定、教室に入った瞬間、クラスの男子たちに囲まれた。


「おい大崎、お前、万里小路までのこうじ先輩と仲良く飯を食ってたって本当かよ?」

「昨日、お前を迎えにきてたよな? もうヤったのか?」

「あの孤高の女王様と、どうやって仲良くなったんだよ?」

「万里小路さんは男嫌いで有名なんだぞ! 近づく男子は尽く拒絶されるって噂だけどな!」


 矢継ぎ早に質問され、俺は両手を伸ばして制止させる。


「待て待て、一度に喋るなよ」

「お前が孤高の女王を落としたからだろ!」


 ええっ、そんな話になってるのか?

 そんな訳あるかよ!

 誤解を解いておかないと。


「俺が瑛理子先輩と付き合えるわけないだろ。部活が同じってだけだ」


 説明してみたものの、皆は釈然としない顔をする。


「それだけかよ? あの女王が男子と親し気にするなんて初めて見たぞ」

「おいおい、名前呼びしてるっておかしいだろ」

「それに、望月先輩も一緒に居たって聞いたぜ」


 しまった。真美さんも噂になってるのかよ。


「えっと、それはだな……」


 どう話して良いか迷い、口ごもってしまった。


「お、おい、まさか……三角関係?」

「なわけねーだろ!」


 マズい。真美さんにまで迷惑をかけられないよな。


「真美さ……望月先輩は、たまたま姉ちゃんと一緒だったんだよ。瑛理子先輩とクラスメイトだから同席しただけで」

「はあ、凛さん関係で一緒だっただけなのか?」

「何だよ、それだけかよ」


 俺の説明で一先ずは納得させられたようだ。

 しかし、火に油を注ぐように、女子まで集まってきたのだが。


「あー! 私も聞いたよ。大崎ってメアリー先輩に告白したんでしょ!」

「私も私も! 三年生の間で噂になってたよ!」

「きゃあぁああっ! 何それ、詳しく聞かせて!」


 最悪だ。昨日の告白騒ぎが一年生にも伝わってるのかよ。


「だからそれも誤解だって――」


 こうして俺は、学園の四大S級女子……って、変な設定だけど、その内三人との噂を釈明する羽目になったのだ。

 因みに四大S級女子の四人目は、姉の凛だけど。



 ◆ ◇ ◆



「疲れた……」


 休み時間、机に突っ伏した俺に、ニヤニヤと意味深な顔をした長瀬ながせ虎徹こてつが近寄ってきた。


「大崎、俺の知らない内に面白いことになってるじゃねえか」


 興味津々な顔の長瀬が、俺の顔を覗き込む。

 そういえば文芸部を勧めたのはこいつだったな。


「お前、文芸部に瑛理子先輩がいるのを知ってたな」

「まあな。大崎があの孤高の女王と会ってどうなるか気になってよ」

「お前なあ……」


 俺はうんざりした気持ちで肩をすくめた。

 だが、瑛理子先輩と仲良くなれたのには感謝している。忘れかけていた小説への情熱を思い出させてくれたからな。

 犬だと思われているだけの気もするけど。


「まあ、しばらく文芸部を続けてみるよ。元々小説には興味があったからな」

「俺の言った通りだろ。美人の先輩も居るし」

「うるせえよ。瑛理子先輩は小説一筋で、男と付き合うような人じゃねえだろ」


 あの癖つよ女子の瑛理子先輩が、男と付き合っている絵面が思い浮かばない。

 調教しているのは目に浮かぶようだけど。


「どうかな? 少なくとも他の男子には塩対応の万里小路先輩が、大崎にだけは心を許してるってことだろ。それって凄いことなんじゃね?」


 長瀬の話で思い出した。瑛理子先輩の無邪気な笑顔を。


 瑛理子先輩……普段は刺々しいし怖いけど、たまに良い笑顔になるんだよな。

 何で俺は彼女のために動いてるんだろ。

 やっぱりあの笑顔が可愛いから……って、待て待て! 俺は真美さん一筋だったはず。


「ふははっ」


 回想から戻ると、長瀬が何かを邪推するような笑みを浮かべていた。


「おい、瑛理子先輩とは何もねーぞ」

「そう言うことにしといてやるよ」

「うっせぇ」


 俺は横を向きながらも考えていた。あの美しいおみ足から繰り出される踏みつけを。

 ああ、もう完全に変なフェチに目覚めたような。

 引き返すなら今だぞ!



 ◆ ◇ ◆



 放課後の部室棟。俺は文芸部のドアの前に立っていた。

 何度も引き返そうかと迷うこともあったが、あの瑛理子先輩の足……じゃなかった、無邪気な笑顔が忘れられない。

 それに、俺も小説を書いてみたいという情熱が甦ってきたしな。


「よし」

 ガラガラガラ!


 部室のドアを開けると、パソコンで執筆していた瑛理子先輩が顔を上げるのが見えた。


「来たわね。大崎君」


 先輩の声は、俺を待っていたかのように弾む。

 ちょっと嬉しい。


 カタカタカタカタカタ、カタンッ!


「最近調子がいいのよね。大崎君のおかげよ」


 リズムよくタイピングした先輩が、とどめとばかりにエンターキーを押す。


「俺は何もしてないですよ」

「大崎君は色々してくれたわ。顔を踏ませてくれたり、黒森さんとイチャイチャして私を苛立たせたり」


 えっ? それ感謝されることなの?


「ふふっ、何で鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているのよ?」

「そりゃしますって。瑛理子先輩は不思議な人ですので」


 本当に変な人だよ。一見、怖い女王様みたいなのに、たまに可愛く笑ったりして。

 創作の話になると周りが見えなくなっちゃうし。

 何となく、俺がついていないとって気持ちにさせられるんだよな。


「私ってね、恋愛経験がないのよね……」


 瑛理子先輩は、遠くを見るような目になった。


「男女間にある心の機微とか、男性心理とかにうとかったのよ。大崎君が入部してからは、色々と体験できて助かってるわ」

「そうでしたか」

「ええ、勉強になるわね。でも、何故かしら。あなたが黒森さんとイチャイチャすると腹が立つのだけど」

「嫉妬ですか?」


 キッ!


 突然、鋭い目の女王顔でにらまれた。

 やめてくれ、それは怖いから。


「冗談ですよ。怒らないでください」

「怒ってないわ。飼い犬が取られそうで腹立たしいだけよ」

「犬って酷くないですか?」

「あら、可愛いでしょ。犬」


 良い笑顔になる瑛理子先輩。この人、たまに俺の心を撃ち抜いてくるよな。


「せめて人間にしてください」

「じゃあ奴隷ということに……」

「犬で良いです」


 こうして俺は、無事、瑛理子先輩の犬に就任した。

 クラスの男子どもからすれば、噂の超美人先輩と仲良くなれて羨ましいと思うのだろう。

 しかし俺は心配だ。このまま深みにハマりそうで。



「では、今後の方針を決めるわね」


 部室のホワイトボードを運んできた瑛理子先輩が、マジックを手にする。


「はやり小説を書くからにはコンテストに挑戦したいわね。一学期から夏休みにかけての目標は、小説を一作品執筆する。そしてコンテストに挑戦よ」


 瑛理子先輩の綺麗な指が、ホワイトボードに文字を書き込んでゆく。


「私は今月から応募が始まっているエトワール書院の新人賞に応募するわ」


 エトワール書院というのは官能小説の老舗で、年二回コンテストを実施しているらしい。


「大崎君は、WEB小説サイトに小説を投稿ね。できたらコンテストにも挑戦しましょ」

「はい」


 そんなこんなで、俺の創作者としての第一歩が始まった。

 先ずはWEB小説投稿サイトに登録だ。


「これで登録完了です」

「後は執筆環境ね。スマホでも書けるけど、やっぱりパソコンもあった方が良いわね」


 瑛理子先輩が俺のスマホを覗き込むと、艶やかな黒髪ストレートヘアが首筋に掛かった。


 だから距離が近いって! 髪が当たってくすぐったい。めっちゃ良い匂いがするし。


「ねえ、聞いてる?」

「は、はい!」

「私の古いノートパソコンがあるわ。取り合えず、それを使いましょ」

「ええっ! せ、先輩の!?」

「嫌なの?」


 瑛理子先輩の顔がアップになる。


 だから距離が近いんだって!

 分かってるんだ。先輩に恋愛感情が無いのを。

 執筆に興味がある後輩に、色々世話したいだけなんだろ。

 でも意識しちゃうんだよ。こんな美少女に接近されたら。


「ほら、どうなのよ。要るの? 要らないの?」

「い、要ります……」

「そう、なら帰りに私の家に来なさい」

「はあああ!?」

「あと連絡先も交換しないとね。休日や夏休みにも部活をやるわよ。後ね、後ね」


 ぐわぁああああ! 近い近い近い!

 ホントこの人って、創作の話になると我を忘れるよな。


 ガラガラガラガラ!


「こんちはーっス。文芸部幽霊部員の佐渡さわたりみやび、再び登場っス…………って、またっスか!」


 突然扉が開いたかと思ったら、見たことのあるちびっ子が顔を覗かせていた。



 もし面白そうだったり期待できそうでしたら、ブクマと星評価で応援していただけると励みになります。

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