第39話 足も口も初めてで
体育祭から休日を挟み月曜日になった。あれ以来、瑛理子先輩とは顔を合わせていない
そして今俺は、文芸部の部室前で深呼吸をしているところだ。
「すーはー」
だ、大丈夫だ。きっと瑛理子先輩は気にしていないはず。き、きき、キスしちゃったのを。
あれは偶然だ。たまたま先輩が倒れ込んだところに、俺の顔があっただけ。そう偶然だ。
あれからクラスでは俺の噂で持ちきりだった。
身を挺して孤高の女王を救った男だの。冷徹姫をデレさせた王子だの。借り物競争で告白しやがっただの。ベンチでSMプレイしていた変態だの。
ああ、俺が瑛理子先輩とデキてるとか噂が増えていく。
ガッ!
ドアに手を掛けて、一気に開け放った。
「え、ええ、瑛理子先輩」
自然に入ろうとしたのに、噛み噛みになってしまった。これは仕方がないんだ。
「お、おお、大崎君♡ き、きき、来たわね」
対する瑛理子先輩も噛み噛みだった。
俺を見るや否や、目が泳ぎまくり髪をいじり始める。
「え、えっと、もうコンテストも近いのよ。執筆を進めましょ」
「はい」
カチカチカチ!
瑛理子先輩がパソコンのマウスを操作している……と思ったら、マウスじゃなくてマグカップだった。
「先輩、それマグカップですよ。クリックしても何も起きませんって」
「えっ! ち、ちがっ、くぅ♡ ち、違うのよ♡ ちょっとマグカップをクリックしたくなっただけよ♡」
マグカップをクリックしたくなるって、どんなだよ!
「えっと、そ、そうですね。たまにマグカップをクリックしたくなりますよね」
「なるわけないでしょ!」
「そんなあ!?」
ダメだ。瑛理子先輩が挙動不審すぎる。自分から言い出したのに。
やっぱりキスしちゃったからだよな。
「あの、瑛理子先輩」
俺が座っている椅子を寄せると、ますます瑛理子先輩がおかしくなる。真っ赤な顔を両手で隠し、体をプルプルと震わせるように。
「うくぅ♡ もうダメぇ♡ ごめんなさい♡」
「な、何がですか?」
「わざとじゃないのよ♡ あれは偶然なの♡ 偶然くちびるに当たってしまって」
「で、ですよね……」
ドキッ♡ ドキッ♡ ドキッ♡ ドキッ♡
ヤバい。俺も限界だ。心臓が飛び出そうなくらいドキドキしている。
本当に瑛理子先輩とキスを。
やわらかかった。プニッてくちびるに感触が。
あああ、ダメだ。俺もおかしくなりそう。
何とか話題を……そうだ!
「え、瑛理子先輩、大丈夫です。口より先に足にキスしてますから」
「は?」
「ほら、初めて会った日に顔を踏まれて。思い切り足の裏にキスさせられましたから……あれ?」
気がつくと、瑛理子先輩が凄い顔で睨んでいた。めちゃくちゃ怖い。
「むぅううううぅ!」
「あの、先輩? 怒ってます?」
「怒ってないわよ」
「怒ってますよね?」
「大崎君のばか!」
めっちゃ怒ってるだろ。
でも、『ばか』のところは可愛かった。
「足と口じゃ意味が違うでしょ。私、初めてだったのに」
「俺も初めてです」
「ふ、ふーん♡ 大崎君もファーストキスで緊張しているのね♡」
「はい」
何だろう。めちゃくちゃ可愛い。照れた先輩の顔も可愛い。
「ふふっ、大崎君の初めては私が貰っちゃったってわけね♡」
「はい、口も足も初めてです」
「あ、足は忘れなさいよ♡」
「あんなの忘れられませんって」
「もうっ♡ でも、会ったのは……じゃないのに」
照れまくる瑛理子先輩だが、語尾が小さくなって聞き取れなかった。
「何か言いましたか?」
「何でもないわ。ほら、やるわよ」
今度はマグカップじゃなくマウスを手にした瑛理子先輩が、グイッと肩を寄せてきた。
「せ、先輩……何か近くないですか?」
「普通よ♡ 照れているのかしら? キスしたからって、いい気にならないでよね」
「照れてるのは先輩の方ですよね? 顔が真っ赤ですよ」
「うくぅ♡」
この人は何をしたいんだ。自分から肩を寄せてきたのに、照れまくっているのだが。
「う、うるさいわね♡ 大崎君だって顔が赤いわ♡」
「そりゃそうですよ。瑛理子先輩みたいに可愛い女子に近づかれたら、誰だって照れますって」
「ううぅ♡ もうっ! からかわないでって言ってるのに♡」
「からかってませんって」
「はぁう♡ もうダメぇ♡」
ガラガラガラ!
「こんちはーっス。未来の大作家、佐渡雅の登壇っス…………って、またまたっスか!」
もうオヤクソクだが、いつものタイミングで雅先輩が入ってきた。
何かもうジト目で俺たちを見つめている。
「またイチャイチャしてるんスね。早く付き合っちゃってくださいっスよ」
「い、いい、イチャイチャしてないわ!」
雅先輩の言葉を全力で否定する瑛理子先輩。そんなに強く否定しなくても……。
「そこの生意気後輩も、早く告白しなさいよぉ! 女を待たせるなんてダメダメなんですけどぉ」
雅先輩の攻撃の矛先が俺に向いた。いつものメスガキ攻撃だ。
「告白って、そういうのじゃないけど」
「どういうのなのよぉ! 女はね、いつでも好きって言葉を欲しいものなのよ! ザコ後輩には分からないのかしらぁ」
「雅先輩、好きです」
「うっきゃぁ! みみみ、雅にじゃないしぃ!」
冗談で雅先輩に言ってやったら、面白いように狼狽え始めた。
やっぱりメスガキ先輩は面白いな。大人ぶりたい年頃なんだろう。先輩だけど。
ゴゴゴゴゴゴゴ!
何故だろう。さっきから瑛理子先輩の威圧感が急上昇している気がする。
「大崎君! そんなに私にお仕置きされたいのかしら?」
「す、すみません。冗談のつもりで」
「冗談で言うんじゃないわよぉ! このザコザコ後輩がぁ!」
グイグイ迫る瑛理子先輩の追及に、更に雅先輩まで加わってしまう。二人の女子に挟まれて逃げ場がない。
「瑛理子先輩、近いですって! 雅先輩もすみません。反応が可愛らしいからつい」
「ふん、雅が可愛いのは当然だしぃ」
雅先輩は小さな胸を張る。
凄い自信だ。
「大崎君! あなた誰にでも可愛いって言うのね」
瑛理子先輩の怒りが収まらない。いやむしろ、更に怒りに火をつけてしまったような?
「ち、違います。雅先輩は別枠と言いますか……娘みたいな感じです」
「私は何なのよ!」
「瑛理子先輩は純粋に……」
「純粋に?」
「えっと……」
その先を言おうとして言葉が出てこない。これ以上言うと、告白してしまいそうだから。
「そ、そういう訳で」
「どういう訳よ。まだ聞いてないわ」
「だからその美しくて可愛い顔を近づけないでください! 瑛理子先輩は自分の可愛さを知らなすぎです!」
「ま、また可愛いって言ったぁ♡」
両手で顔を隠した瑛理子先輩は、体をクネクネさせイヤイヤをする。本当に可愛い生き物だ。
「はぁ、もう見てられないっスね。なんスか、このバカップルは」
雅先輩は、溜め息混じりに両手を広げた。
やめてくれ。それじゃ本当に俺たちがバカップルみたいじゃないか。
◆ ◇ ◆
その夜、俺は自室で小説の続きを書いていた。
「えっと、エリーゼは長い黒髪を振り乱しながら、魔法の杖を……」
くっ、エリーゼが瑛理子先輩のイメージになってしまった。俺の好みのヒロインを設定したはずなのに。
しかももう一人のヒロインである女剣士マリーは、どうみても真美さんにしか見えない。
「ああああぁ、どうしよう……」
俺は真美さん一筋だったはずなのに、最近では瑛理子先輩が頭から離れない。
というか、もう真美さんと瑛理子先輩の両方が大好きだ。
「ぐああぁ! もうどうしたらいいんだ!」
ガチャ!
「こらぁ! 愛知県では『熱い』を『ち○ち○』って言うんやぞ!」
またノックもせずに、ウザ姉が現れた。
ち○ち○大好きすぎだろ!
「姉ちゃん、もう年頃の女子なんだから下ネタやめろって」
「なんだとこらぁー! あんたのせいで私が真美に詰められたんだからね!」
「何だよそりゃ」
相変わらず凛は意味不明だ。
「そういえば、最近の真美さんって何か怖いような? こう狂気を孕んでいるみたいな?」
「誰のせいだと思ってやがる、この愚弟がぁああ!」
凛にベッドに押し倒され、両足を掴まれた。
この体勢は!?
「おりゃおりゃあぁああ! お前なんか電気あんまの刑だこらぁああ!」
「ぎゃああああ! そこは反則だぁああ!」
「お前をち○んちこち○にしてやる!」
「それ意味が違うだろ!」
久しぶりに食らった姉の必殺技。絶妙な踏み具合と振動がプロフェッショナルだ。足裏で陥落しそうなくらい。
「もう許さねえ! 真美だけなら多めに見てたのに、次々と女に手を出しやがって! 俊、お前は私のモノだって言ってるだろぉおお!」
やっぱり、うちの姉は意味不明だった。
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