第36話 ヤンデレなランチタイム
気まずい。どうすれば良いんだ、この状況は。
俺と瑛理子先輩がじゃれ合っているところを、弁当を持ってやってきた真美さんに見られてしまった。
そのまま体育祭はお昼休憩に入り、変な空気のまま一緒に昼食となったのだが……。
「ねえ、何で万里小路さんまで居るのかな?」
真美さんの視線が、ちゃっかり俺の隣を確保している瑛理子先輩へと刺さる。
真美さんがレジャーシートを広げたところ、何故か瑛理子先輩も入ってきたのだ。
「わ、私も昼食にしようと思ったのよ」
拗ねたような照れたような、瑛理子先輩は不思議な顔をした。
「むぅううううううっ!」
ああ、真美さんが怒ってる。すっごい威圧感を感じる。
俺を挟んで反対側にいる瑛理子先輩を、めっちゃ睨んでいるぞ。
「万里小路さん、俊くんに変なことしないで!」
「あ、あれは偶然よ。途中で止めるつもりだったの」
「瑛理子先輩、踏む時に『えいっ!』って言いましたよね?」
俺がツッコむと、瑛理子先輩は顔を背けてしまった。
「し、仕方がないじゃない。大崎君を見ていると踏みたくなるのよ」
「それは分かる!」
シィィィィーン――
突然、凛が同調して場が凍った。
「姉ちゃん! ずっと気配を消してたのに、突然なにを言ってんだよ」
「しょうがないでしょ。私が穏便に収めようとしてるのに」
「余計にややこしくなってるけど」
「あんたが誘い受けしてるのが悪いのよ。このドSホイホイ」
「誰が誘い受けだ」
ドロドロドロドロドロ――
真美さんの方からドロドロした気配が漂ってきた。さっき感じたような、甘く蕩けるような中に、狂気を孕んだようなオーラが。
「俊くん♡ 踏んでほしいならお姉ちゃんがしてあげるね♡」
「えっ、あ、あの真美さん?」
「ごめんね♡ 俊くんの好みに合わせてあげられてなくて♡ これからは容赦なく踏むからね♡ 足とかお尻とかで♡」
ゾクゾクゾクゾクゾク!
真美さんからドSオーラが立ち上がり、俺の腰の奥がゾクゾクと震えた。
これまで感じたことのない強烈なドSオーラだ。むしろ真美さんが一番女王様なのでは?
「ふ、踏まなくてもいいですから。瑛理子先輩も姉ちゃんも冗談を言ってるんですよ」
「うふふふふっ♡ 大丈夫だよ♡ もう手加減しないからね♡」
俺が何とか誤魔化そうとするも、真美さんのハイライトが消えた目には光が戻らない。むしろ、もっと闇落ちみたいにドロドロした。
何とかしないと。
「ほ、ほら、お昼にしましょうよ。真美さんのお弁当、楽しみだな」
「俊くんに食べてもらうために、朝四時に起きて作ったんだよ♡」
真美さんは真っ直ぐ俺を見つめた。
病んだような曇ったような、その顔を見ていると、俺の中に罪悪感のようなものが込み上げてくる。
「た、楽しみです。でも、無理はしないでくださいね」
「無理じゃないよ♡ 私、俊くんのためなら何でもするよ♡」
そんなことを言われると……。真美さんが超過保護だからって、本当は俺が好きなのかと誤解しちゃうだろ。
「俊くんが『したい』って言うなら裸になるし、『死ね』って言ったら今すぐ死ぬよ♡」
「それはダメぇええええ!」
真美さーん! 正気に戻ってぇええ!
「うふふ♡ 冗談だよ♡」
「冗談に聞こえなかったけど……」
「ほら、お昼にしよ♡ はい、召し上がれ♡」
真美さんが弁当箱を開いた。豪華な三段重だ。
「俊くんの好きそうなおかずをいっぱい作ったからね♡ これが腋飯だよ♡」
「イカ飯かな?」
「こっちが尻クリームコロッケ♡」
「蟹クリームコロッケかな?」
尻って聞こえた気がしたけど、気のせいだよな。絶対、蟹クリームコロッケだよ。
どれも豪華で美味しそう。
「コホン」
俺が真美さんの弁当に見入っていると、反対側から瑛理子先輩が咳払いしているのが聞こえた。
「どうかしましたか、瑛理子先輩?」
「あ、あの♡ わ、わた、私も……」
「えっ?」
「私も、お弁当を作ってきたの♡」
そう言って、瑛理子先輩は真っ赤な顔で弁当箱を差し出した。
「ええっ! あの瑛理子先輩が料理だと!」
「わ、悪い!?」
「悪くないです」
少しだけ口を尖らせた瑛理子先輩は、そっと弁当箱を開いた。
中には、味付けされたような色のご飯と、焦げた玉子焼きが入っている。
「お、美味しそうな炒飯ですね」
「おむすびよ」
「えっ……」
し、しまった! おむすびだったのか!
ボロボロなので炒飯かと思ってしまった!
「あ、えっと、こっちの玉子焼きも美味しそう」
「それは目玉焼きよ」
しまった! これ、目玉焼きだったのか!
潰れてるし混ぜ混ぜだから、てっきり玉子焼きかと思ったぞ。実はスクランブルエッグかと予測したけど、気を利かせて玉子焼きって言ったのに。
「ど、どうせ私は料理がド下手糞よ」
瑛理子先輩が拗ねてしまった。
プイッと横を向く仕草も可愛いと思ってしまう。
「食べます。瑛理子先輩の弁当も食べますから。一緒に食べましょう」
こうして、奇妙な四人による昼食が始まった。
俺の左側には、挙動不審の瑛理子先輩。
右側には、ドロドロと闇&病みオーラを出す真美さん。
正面は、さっきからオロオロしている凛だ。
「はい、俊くん♡ あーん」
一発目、真美さんが必殺『あーん』を繰り出した。蟹クリームコロッケを箸でつまみ、俺へと向けてきたのだ。
これに、瑛理子先輩の威圧感……というより殺気のようなものが強まった。
「えっと、人が多いので……」
いくら校庭の隅といっても、周囲には生徒が多い。こんな場所で『あーん』なんてしたら、クラスで噂になってしまいそうだ。
「ほら、俊くん♡ あーん♡」
真美さんの顔は、有無を言わせぬ迫力がある。ヤンデレっぽい目でグイグイ迫る様は、完全にクレイジーサイコ女王様だ。
「はい、あーん」
仕方なく俺は、あーんで食べることにした。
「もぐもぐ」
「どうかな、美味しい? 私の尻クリームコロッケ」
「はい、凄く美味しいです」
外側はサクサク、中はトロっとクリーミーで、コクがあり凄く美味しい。やっぱり真美さんの味がするような? でも、蟹が入ってない気がする。
「凛ちゃんも食べるよね?」
続いて真美さんは、凛にも差し出した。
「えっ、わ、私は遠慮しようかな……」
「凛ちゃん! 食べるよね!」
「はい……」
どうした凛、また目が死んでいるけど。
「お、おお、大崎君♡」
声がして振り向くと、さっきより更に挙動不審になった瑛理子先輩がいた。
真っ赤な顔で目を泳がせながら、箸を掴んでいる。箸先をブルブル震わせながら。
「どうしました、瑛理子先輩?」
「は、はい、あーん♡」
「えっ?」
俺は幻覚でも見ているのか?
あの瑛理子先輩が、俺に『あーん』しているのだが。
「えっと、瑛理子先輩、頭でも打ったんですか?」
「私は正気よ! 何よ何よ、私も『あーん』してあげようと思ったのに!」
「すすす、すみません」
やっぱり瑛理子先輩がおかしい!? 何で真美さんに対抗しているんだ?
「でもどうしたんですか? いつもの瑛理子先輩なら、そんな優しいことしないですよね。むしろ、足でご飯を掴んで、『ほら、エサをあげるわよ』とか言いそうですけど」
「私を何だと思っているのよ!」
何だと思っているって、怖くて凛々しい女王様だけど、たまにめちゃくちゃ可愛くなる先輩女子とかかな。
「なにニヤニヤしているのよ! お望みなら足で食べさせるわよ!」
「手でお願いします」
足で食べさせるのもご褒美っぽいが、衆人環視の中でやったら人生お終いだ。
「ほ、ほら♡ いくわよ♡」
照れているのか耳まで赤くした瑛理子先輩が、震える手でご飯を俺に向けてきた。




