第35話 好きな人にはドS責め
瑛理子先輩のもとへ走った俺は、迷いなくその手を取った。
「先輩、俺と一緒に走ってください」
「えっ?」
戸惑う瑛理子先輩を他所に、俺は無言でゴールに向け突き進む。恥ずかしくて先輩の顔を見られない。
俺に手を引かれている瑛理子先輩は、何が起きているのか理解できていないようだ。
「ちょっと大崎君! これは何なの?」
「な、何も言わず俺に協力してください」
「周囲の生徒が凄く盛り上がっているわよ」
「告白イベントだから当然です」
「ええぇ……」
先輩の言葉どおり、選手も観客も大盛り上がりだ。
女子の黄色い声援や、男子からの茶化すような声。カップル成立で沸き立つ拍手。
こんなの居たたまれない。
結局、俺は五位という微妙な順位だった。
この際順位など関係ない。早くこのイベントを終わらせないと。
そんな気分のはずなのに、瑛理子先輩と繋いだ手を離したくない。
ゴール地点では、新しく誕生したカップルたちが、周囲の目も気にせず熱愛モードになっている。
手を伸ばし告白する男子に、頬を染めてその手を取る女子。発情したかのように二人で抱き合って喜ぶカップルなど。
「えっ……これって……」
周囲を見渡した瑛理子先輩が、茫然と立ち尽くしている。いつもは女王様みたいなのに、今は借りてきた猫みたいに。
「瑛理子先輩、こういう意味です」
俺が『好きな人』と書かれた借り物競争のカードを見せると、瑛理子先輩の顔がボフッと湯気が出そうなくらい赤くなった。
「えっ♡ お、おお、大崎君♡ そ、それ」
「すみません。先輩しか思いつかなくて」
「えええっ♡ わ、私っ? ふ、ふーん、私だけなのね♡」
口を尖らせる瑛理子先輩だけど、どこか嬉しそうに見える。
「大崎君って、望月さんじゃなかったのかしら?」
「真美さんは幼馴染ですので」
「そ、そうなのね♡ 私を選んだんだ♡ ふふっ♡ うふふっ♡」
やっぱり瑛理子先輩が嬉しそうだ。
気のせい……じゃないような?
「それにしても先輩、三年なのにこのイベントを知らなかったんですか?」
「うるさいわね。いつも体育祭の日は、隅で本を読んでいたのよ」
「そうでしたか」
瑛理子先輩らしいというか何というか。
「「「ヒューヒュー!」」」
「何だよあいつ! 孤高の女王に告りやがったぞ!」
「羨ましい! あの超絶美少女を独り占めかよ!」
「くっそ! 今夜はお楽しみか!? こんちくしょう!」
応援席から俺たちを茶化す声が飛ぶ。中には俺への嫉妬や罵声まで。
丸木戸学園四大S級女子の一角を落としたと誤解されているのか。
目立ちたくないのに、思い切り目立ってしまったような。
校庭の隅まで移動したところで、俺は瑛理子先輩と繋いでいだ手を離した。
「あっ」
瑛理子先輩が一瞬だけ寂しそうな顔をした気がする。
「助かりました、瑛理子先輩。もうカップルのフリはしなくて良いですよ」
「えっ?」
「こんなの頼れる人が瑛理子先輩しかいなくて。陽キャイベントなんて困りますよね」
シュバッ!
「って、痛ぁああ!」
瑛理子先輩の手刀が、俺の脇腹に命中した。
「先輩、痛いです。何するんですか」
「うるさいわね。黙ってお仕置きされてなさい」
瑛理子先輩の顔が、羞恥と怒りの混じったような顔になっている。
シュバッ! シュバッ!
「だから痛いですって。瑛理子先輩のツッコミは痛いんですよ。もう少し手加減してください」
「私の女心を弄ぶだなんて、良い度胸してるわね! もう許さないわ!」
「な、何の話ですか!? 俺は陽キャイベントを乗り切ろうと」
「もうっ♡ もうもうっ♡ 何よ何よ! 一人で舞い上がってた私が馬鹿みたいじゃない!」
どうしちゃったんだ、瑛理子先輩は。今日は一段と挙動不審だぞ。
「とりあえず落ち着きましょう、先輩」
「落ち着いていられないわよ! 何よ、好きな人だなんて」
「ですよね」
「他人事みたいに言わないで! 私が勘違いしちゃったらどうするのよ!?」
瑛理子先輩が勘違いだと……それはそれで……。
「勘違いされたら嬉しいような」
ボフッ!
また瑛理子先輩の顔が真っ赤になった。沸騰しそうな感じに。
「へ、へぇ♡ 嬉しいのね♡ ふーん」
「はい、瑛理子先輩みたいな可愛い彼女がいたら最高ですよね」
「ふへっ♡ ふへへっ♡」
「でも瑛理子先輩って、怖いし料理はド下手糞だし意外とポンコツだし、彼女ってイメージじゃないですよね……って、あれ?」
いつの間にか、瑛理子先輩の威圧感が急上昇していた。どうしてこうなった?
「大崎君、あなた私をからかっているのかしら?」
「めめ、滅相もない」
「さっきから紛らわしいのよ。私をからかって楽しんでいるのね」
「ちょ、何をするんですか」
ギュッ! グイグイグイ!
俺をベンチに押し倒した瑛理子先輩は、上から嗜虐心たっぷりの表情で覗き込んできた。
「もうお仕置きするしかないようね。ここで踏もうかしら? 走って汗ばんだ靴下で顔を踏むわよ」
「ちょ、ちょっと待って! ここは人が多いですって!」
「ちょうど良いわね。皆にあなたが私の奴隷だと教えてあげましょうよ♡」
瑛理子先輩は片方の運動靴を脱ぎ、紺ソに包まれた足を向けてきた。
いつもは黒ストなのに、体育の時は紺ソなのだろうか? これはこれでレアというか魅力的というか……。
「って、そんなこと考えてる場合じゃねえ!」
「ほらほら♡ 足で口を塞いでから、つま先を鼻に押し当ててあげるわ♡」
「そんなマニアックな責めは勘弁だぁああ!」
瑛理子先輩、俺に変態的フェチを植え付けるんじゃねえ! そんなのされたら、もう戻れねえぞ!
両手で必死に瑛理子先輩の足を止めようとしているのに、自然と力が緩まってしまう。もしかして、俺は敢えて踏まれたがっているのか?
これはしょうがないんだ! 瑛理子先輩の足が魅力的すぎるから!
「あらあらぁ? 抵抗が弱いわよ」
そんな俺の考えは、すぐに先輩の知るところとなった。
「どうしたのかしら? やっぱり踏まれたいの?」
「ち、違います」
「ならもっと抵抗しなさいよ。このままじゃ皆の見ている前でお仕置きされちゃうわよ」
「ちょ、それは! ああ!」
「ふふっ♡ うふふっ♡ 大崎君ったら♡ 本当に面白いわね♡」
いつの間にか瑛理子先輩の機嫌が直っていた。
まさかドSプレイで仲直りできるなんて。
もし俺たちが付き合ったりしたら、毎日ドSプレイされそうで怖いのだが。まあ、付き合うなんて恐れ多いけど。
「あはは♡ ほらほら♡ 踏まれたいのかしら♡」
「やめろぉ~」
そんなアブノーマルな遊びをしている俺のもとに、誰かの足音が近づいてきた。
ザッ、ザッ、ザッ、ガサッ!
「俊くん、何をしているの?」
ゾクッ!
俺の耳に甘く蕩けるような声が響いた。その瞬間、俺の体の奥底から震えが走った
声は優しそうなのに、言いようのない狂気を孕んでいるように聞こえたから。
「えっ、あれっ、ま、真美さん? 真美さんですよね?」
声で真美さんだと気づいたけど、上から迫る瑛理子先輩の足で顔を向けられない。
「ちょっと、瑛理子先輩、真美さんが」
「えいっ!」
ピトッ!
俺が力を抜いた瞬間、瑛理子先輩の足が顔の上に乗ってしまった。
運動して汗をかいたからなのか、やっぱり瑛理子先輩の靴下は蒸れていた。汗と足の臭いとフローラルな香りが混じった、何とも言えない官能的な匂いが、鼻いっぱいに広がる。
ああぁ、久しぶりの瑛理子先輩の足責め……。これは癖になる……。
「俊くん!」
「んんっ! ぷはっ、ま、真美さん!?」
真美さんの声で我に返った。急いで瑛理子先輩の足をどけた時は、もう遅いと気づく。
俺は、とんでもない失敗をしてしまったのだと。
ドS責めで仲直り。でも真美さんが大激怒?
もしよろしかったら、ブクマと星評価で応援していただけると励みになります。
よろしくお願いします。




