第32話 体育祭
新緑の季節は過ぎ、初夏の日差しが眩しい六月。あっという間に体育祭が近くなった。と言っても、十日くらいしか経ってないけど。
あれから瑛理子先輩とまともに話せていない。何故か先輩が余所余所しいのだ。
俺が話しかけてもプイッと顔を背けてしまうし。会話していると、両手で顔を押さえてピクピクし始めるし。
「はぁ、俺が何かしちゃったのか?」
体育祭の準備に駆り出されている俺は、体育倉庫にあった椅子に腰かけ溜め息をついた。
先輩の部屋に行った時は良い感じだったんだよな。まるで恋人同士みたいに。
瑛理子先輩……可愛かったな。俺の胸で泣きじゃくったり、照れ顔で強がったり。
「いかんいかん!」
さっきから瑛理子先輩のことばかり考えてるじゃないか。
瑛理子先輩は高根の花なんだ。恋愛する気は無いみたいだし。俺とは創作仲間として仲良くしているんだよな。きっと。
俺が勘違いして『付き合ってください』とか言ったら、この関係が壊れてしまうかもしれない。気をつけないと。
「何がいかんいかんだ! 大崎、真面目にやれ!」
俺がサボっていたからか、担任である瀧先生の檄が飛んだ。
「先生、疲れました。少し休憩しましょう」
「こらっ! 体育祭種目の参加が少ない生徒が準備を手伝うという話だっただろ」
正論で返され、俺は肩をすくめた。
体育祭の出番を控えたい俺は、なるべく順位に影響しない種目を選ぼうと奮闘した。
運動部や陽キャなどは、ここぞとばかりに目立とうと、クラス対抗リレーや騎馬戦などの花形種目で盛り上がっていたがな。
結果、俺の参加種目は『借り物競争』というありがちなイベント一択に収まることとなる。
ただ、全ての競技が決まった後に、瀧先生から『よーし、じゃあ参加種目の少ないやつは準備を手伝えー!』という有難いお言葉を頂いたのだが。
「手伝いは分かるのですが、何で俺だけなんですか?」
俺は、ジャージ尻をこっちに向けている瀧先生に話しかけた。
先生は棚の奥から何かを引っ張り出そうとしている。
俺に向けて尻を突き出すとか。無防備というか誘っているというか。それはないか。
でも若干、尻と話している気もするけど。
「手の空いてるやつが大崎しかいなかったんだよ。他の生徒は部活や用事で手が離せないそうだ」
「俺も部活があるのですがね」
そう言いながらも、部室で瑛理子先輩と二人っきりは気まずいけど。
「ん?」
ふと瀧先生の後ろ姿を眺めていると、尻のところに虫が留まっているのに気づいた。
えっ? アブ? 蜂? 何で尻に? 瀧先生がデカ尻だから止まりやすいのか?
刺されたらヤバいよな。
パタパタパタ!
俺は先生の尻に触れないようにしながら、手で虫を払おうとする。
しかし虫は全く動こうとしない。
シュバッ! シュバッ!
強めに払っても動かない。もう思い切りやるしかないようだ。
瀧先生のデカ尻を見ていると、何だかとても変な気分になってしまう。
「このメス豚ぁああ!」
パチィーン!
「きゃああぁああぁん♡」
ヤベッ! 思い切り先生のデカ尻を引っ叩いてしまった。しかも罵倒付きで。ドSの先輩に影響を受けたのか。
当然ながら、瀧先生は恨みがましい顔で振り返る……。と、思ったら、上気した顔で振り返った。
「なっ♡ ななっ♡ お、おお、大崎♡ せ、先生の尻を張り飛ばすとか……」
「す、すみま……」
「んんぅ♡ うんと年下の、しかも教え子にスパンキング調教されるとかぁ♡ ダメぇ♡ さいっこうの屈辱よぉ♡」
「えっ!?」
何か、見てはいけないものを見てしまったような。
「えっと、準備準備」
「ちょっと待て、大崎」
離れようとした俺の襟を、瀧先生がガシッと掴んだ。
「おい、大崎! 今のは見なかったことにしてくれ」
「あ、あの……」
「頼む! 一生のお願いだ! 私が日々、生徒にドM調教されるのを夢見るド変態女教師なのは誰にも言わないでぇええ!」
そう言ってガチ泣きした瀧先生は、俺の前に這いつくばり土下座をした。
何だこれ?
「あの、先生……」
「わ、分かっている。タダとは言わん。私を好きに調教すれば良い」
「それ、ご褒美なのでは?」
「くぅううううっ♡」
図星だった。
壊れ気味になった先生が、恥も外聞もなく俺に迫ってくる。
「あぁ、そうですよぉ! どうせ私は変態ドM教師ですよぉ! 教師失格ですよぉ! 大崎も『気の強い女は後ろが弱いんだろ』とか思って、私のことを見透かしてたんだろ! ああぁ♡ もう私は一生お前の奴隷にされて、『あの女教師、尻を叩くと何でも言うこと聞くんだぜ』とか噂されるんだぁああ! はぁ♡ はぁ♡」
そこまでは言ってないのに。てか、この人ハアハアしてね?
しばらくしてから、やっと瀧先生は冷静さを取り戻した。
ただ、強烈な羞恥で悶えてから、ズンッと落ち込んでしまったけど。
「ああぁ、もう消えたい……。私の教師人生は終わった」
「先生、終わってませんから! 誰にも言いませんから」
何とか宥めていると、瀧先生は涙目で俺を見つめてきた。
「大崎……お前、良いやつだな」
「やっぱりここは『秘密をバラされたくなかったら俺の奴隷になれ。ぐへへぇ』の方が良かったですか?」
「大崎、良い度胸しているじゃないか」
いつもの瀧先生が復活した。むっちむちの肉体に女王然とした顔。まさに怖い女教師そのものだ。
「こら、大崎! 年上女性をからかうんじゃない」
瀧先生は俺の首に腕を回しネックロックをすると、そのまま締め込んできた。
「ちょ! ギブギブ! これ体罰ですよ!」
「うるさい! 貴様が先にスパンキングしたんだろ!」
「あれは尻に虫がですね」
「問答無用!」
むぎゅうぅぅうううう!
瀧先生の豊満な肉体が、容赦なく俺に密着する。これはヤバい。先生はお仕置きのつもりらしいが、こんなのご褒美にしかならねえぞ。
すぐに開放してもらえたが、俺の生命力がごっそり削られた。しかも瀧先生まで。
「ううっ、大崎と話していると、教師としての一線を超えそうになるぞ」
「先生、事案を起こさないでくださいよ」
「当たり前だ。お前が変な雰囲気を出しているからだぞ」
俺って変なオーラでも出しているのか? SM好きヒロインを寄せ付けるような。瑛理子先輩やメアリー先輩にも言われたけど。
変態ホイホイスキルとか洒落にならねえぞ!
「と、とにかくだ……」
瀧先生は顔を赤らめながら口を開く。
「誰にも言うんじゃないぞ。今日のは二人だけの秘密だ」
「はい」
「そ、その……大崎が卒業したら……やぶさかでもないというか何というか……」
「えっ? 何か言いましたか?」
「な、なな、何でもない! 今のも聞かなかったことにしろ、大崎」
こうして、操ちゃん……瀧先生の弱みを握ってしまいながら、体育祭の準備を終えたのだった。
◆ ◇ ◆
そして体育祭当日。俺はモチベが低いまま体操着に着替えて校庭に出た。
文化部の人間に体育祭とか、苦行でしかない。
「あっ」
「あっ」
昇降口を出たところで、偶然にも絶世の黒髪美少女と鉢合わせしてしまった。
孤高の女王と名高い、万里小路瑛理子先輩だ。
今日の瑛理子先輩も、とびきり美しかった。
スレンダーな肢体に体操着が似合っている。いつもは下ろしている艶々でサラサラの黒髪が、今日は後ろで結んでポニーテールだ。
サイドにちょろっと出た後れ毛が色っぽい。
「瑛理子先輩……その」
「お、大崎君……」
普段は制服なので、体操服姿の先輩がめっちゃレアだ。何か途轍もない色気を感じるぞ。
うなじが見えてるのもエロいし。
可愛い。超可愛い。
「わ、私の顔に何か付いているのかしら?」
俺がジロジロ見ていたからなのか、瑛理子先輩は頬を染めながら口を尖らせた。
「い、いえ、今日はポニーテールなんだなって思って」
「そう、運動するからまとめただけよ」
「似合ってますね」
「うくぅ♡ も、もうっ♡ おだてても何も出ないわよ♡」
まただ。瑛理子先輩の様子がおかしくなった。
俺と目を合わせてくれない。
「お世辞じゃないですよ。本当に可愛いと思ったから」
「かっ、かわっ♡ ううっ♡ 大崎君のばか♡」
「ええぇ……」
褒めたのに怒られたのだが。
「本当に可愛いと思ったから言っただけなのに。瑛理子先輩は可愛いですよ。めちゃくちゃ可愛いです」
「はぁああぁ♡ もうやめてぇ♡ 大崎君のばかぁ♡」
瑛理子先輩が悶え始めた。どうしちゃったんだ?
「もうっ! 大崎君って普段はドMのくせに、女性関係になるとドSになるのね!」
「はあ?」
「私を堕とそうったって、そうはいかないわよ! 大崎君の鈍感ドS主人公! ばかっ♡ ばかばかっ♡」
散々文句を言った瑛理子先輩は、挙動不審になりながら走っていってしまった。
一体どうなってるんだ。




