第11話 悪魔女王と天使お姉さん
瑛理子先輩の自宅マンションに到着した。
それは天空へとそびえ立つ高層マンションだ。俺は瑛理子先輩の隣で空を見上げる。
もしかして瑛理子先輩ってお金持ちなのか?
「俊くん♡」
エントランスホールに入ろうとした時だった。俺の背中に、甘く優し気な声がかけられた。
「えっ?」
振り向くと、そこには何故か真美さんが立っていた。
風になびく柔らかそうな髪。魅惑のGカップ(推定)を強調するように、体をギュッと抱える仕草。そして天使のように慈愛ある瞳は、熱を持ったように俺を見つめている。
「真美さん、どうしてここに?」
俺の頭の片隅に疑念が湧き起こる。
真美さんの家は俺の近所だ。ここは一駅隣の街だから偶然とは思えない。
「偶然だよ♡ たまたまこの街で買い物してたらね、俊くんの後ろ姿を見つけたから」
「そうでしたか。凄い偶然ですね」
偶然ならしょうがないよな。
俺が口を開こうとした時、隣に立っていた瑛理子先輩が一歩前に出た。
「あら、望月さん、どうして私の家の前に? もしかして、跡を付けていたのかしら?」
瑛理子先輩の話し方は、一分の隙もなく冷徹な声だ。
「ここに着くまでに、私は何度か後ろを振り返ったのよ。でも、望月さんの姿は見えなかった。どうしてここが分かったのかしら?」
「ちょっと、瑛理子先輩」
「あなたは黙っていて」
俺を手で制した瑛理子先輩は、更に前に出て真美さんと胸を合わせる。
学園の二大美人が向かい合う姿は、まるで竜虎相搏つかの如くだ。
いや、むしろ黒髪が美しい悪魔の女王と、天使のように清らかな聖女と言うべきか。
って、そんな場合じゃねえ!
「だから偶然だよぉ」
「偶然とは考え難いわね」
ええっ!? 何で二人が険悪な雰囲気になってるんだ? 何が原因だよ!
「それよりこのマンションは万里小路さんの家って言ったよね? もしかして、部活の後輩男子を部屋に連れ込もうとしているのかな?」
優し気な真美さんの声だけど、何処となくピリピリとした棘を感じる。
俺に話しかける時と大違いだ。
「何もやましいことはないわ。彼とは小説の件で話があるだけなの」
「でも、年頃の男女が一つ屋根の下でって、やっぱりエッチだよね」
「それは望月さんの頭がエッチだからでしょ」
「エッチなのは万里小路さんだよぉ。俊くんを部屋に連れ込もうとしてぇ」
マズい! 二人がヒートアップしてきたような!? 止めないと!
「ちょ、ちょっと待った。二人とも落ち着いてください」
「私は落ち着いているわ」
「私も落ち着てるよぉ」
あれっ? 落ち着いてないのは俺だった?
「俊くんはね、私の幼馴染なの。もう弟みたいな存在なんだよ。お姉ちゃんとして、大事な俊くんが悪い先輩の手籠めにされちゃうのは見過ごせないな」
真美さんの声が上ずっている。どうしたんだろう?
「大崎君は私の奴隷……コホン、部員なのよ。私が犬のように扱おうが、足で踏んで躾けようが自由だわ」
待て待て待て待て! 何言ってるんだ!
瑛理子先輩も何を張り合ってるんだよ!
「ふ、ふーん、そ、そそ、そうなんだ。俊くんって、そういう趣味があったんだね」
「違います! 違いますって、真美さん!」
真美さんが壊れ気味だ。瑛理子先輩が変態っぽい話をしたからなのか。
完全に誤解されてるだろ。
「真美さん、今のは小説の話ですから。そんな趣味は無いですよ」
「俊くん♡ 言ってくれれば良いのに。俊くんが踏まれるの好きなら、お姉ちゃんも頑張っちゃうね」
頑張らなくていいから!
真美さんの目がヤンデレヒロインっぽくなってる!
いつもの優しい真美さん、帰ってきてぇええ!
「ほら、瑛理子先輩も説明してください。小説の設定だって」
「そうね。安心して、望月さん。大崎君がドMの素質ありなのは本当だけど、私が踏んで躾けるのは設定だから」
何を言ってるんだこの人は! 余計に誤解がぁああ!
「そうなんだ、俊くんってMだったんだ」
「そうね、素質ありよ! 誇ってもいいわ」
部活の超美人先輩と憧れのお姉さんが、二人揃って俺をM認定しているだと!? 地獄かな?
「真美さん、俺はMじゃないですよ。今日は本当に執筆の道具を貸してもらいに来ただけです。他に何もないですから」
俺が説明すると、真美さんの瞳に光が戻ってきた。
「な、なぁんだ。本当に部活の話なんだね。てっきり悪い先輩に如何わしいことをされちゃうんだと心配したよ」
「ははは、そんなはずないですって」
真美さん、分かってくれたか。
まあ、瑛理子先輩は見た目が超絶美形でドSっぽくて誤解されやすいけどな。
「俊くん♡」
「何ですか?」
「じゃあ、今度デートしよっ♡」
「はい、えっ? で……ででで、デートだとぉおお!」
えっ!? 何でデート? 憧れの真美さんと? 誰が? って、俺が?
「もぉ、驚き過ぎだよぉ。ちょっと一緒にお出掛けするだけでしょ」
「そ、そうですよね」
「デートしてくれたら、今日は見逃してあげる♡」
「えっ、み、見逃す?」
「美味しいケーキのお店があるの」
「はい、それなら行きたいです」
こうして俺は、真美さんとデートすることになった。
夢かな?
俺の返事を聞いた真美さんは、満面の笑顔になって帰っていった。何度も振り向いて手を振りながら。
「はぁ……何とか無事に収まった」
「行くわよ」
マンションのオートロックを解除した瑛理子先輩は、どんどん一人で先に行ってしまう。
「ちょっと、待ってください。玄関ドアが締まっちゃいますって」
「あなたが彼女に惚けているからでしょ」
あれっ? 瑛理子先輩が機嫌悪い?
さっきからツンツンしているけど。
「まさか真美さんと偶然会うなんて思いませんでした」
「本当に偶然かしらね」
「どういう意味ですか?」
瑛理子先輩は真っ直ぐ前を向いたままで、俺の質問には答えない。
「彼女って変わってるわね」
それを瑛理子先輩が言うのか……。一番変わってる瑛理子先輩が。
でも、学食の時も真美さんと目を合わせなかったし、二人の間に何かあるのかな?
「えっと、瑛理子先輩って真美さんと仲が悪いんですか?」
「私に仲の良いクラスメイトはいないわ」
そうだったぁああああ! この人、壊滅的に人付き合いがダメダメだった!
もう俺が何とかしないと!
「大丈夫ですよ。瑛理子先輩には俺が付いてます」
「あら、あなたは望月さんとデートするんでしょ」
俺を見る瑛理子先輩の目が鋭くなっている。
そうか、俺が真美さんと遊んでばかりいて、執筆が疎かになるって心配してるのか。
「安心してください。俺と真美さんは何もないですから。ただの幼馴染です」
「そ、そう……。そうなの」
瑛理子先輩の表情が緩んだ。
「ふふっ、あなたらしいわね」
「何がですか?」
「あなたは女心が分かってないって言ってるの」
「それ先輩が言います? 男心が分かってない先輩が」
「うるさいわね」
ドンッ!
ふざけた瑛理子先輩が、俺に腰をぶつけてきた。
「それですよ。瑛理子先輩って人を寄せ付けないオーラを出しているのに、意外とボディータッチが多いですよね」
「そ、そうかしら……」
あれっ? 何か瑛理子先輩の顔が赤いような?
恥ずかしがっているのかな?
それは無いか。瑛理子先輩だし。
◆ ◇ ◆
瑛理子先輩と一緒にエレベーターに乗って向かった先は、高層マンションの最上階。高級そうな廊下や壁の先にある扉だ。
複雑な形状のディンプルキーを使って部屋の鍵を開けた瑛理子先輩だが、玄関に入ったところで立ち止まる。
「ちょっと待っていてもらえるかしら。部屋を片付けるわ」
「はい」
瑛理子先輩でも部屋が散らかってるのかな?
綺麗に整頓されているイメージだけど。
待つこと数分。すぐに瑛理子先輩は戻ってきた。
「いいわよ」
「では、お邪魔します」
俺は靴を綺麗に揃えてから上がった。何となく恐れ多いから。
女子の部屋に上がるなんて初めてだから緊張してしまう。
「適当にくつろいでいいわよ」
案内された部屋はペントハウスのような最高のロケーションだった。
落ち着いたリビングに座り心地の良さそうなソファー。テレビは視聴覚室のスクリーンみたいにデカい。
「うおっ、窓からの眺めが凄いですね。ところでご両親は?」
「私は一人暮らしよ」
そう言って振り向いた瑛理子先輩の目が、妖しく光る。
俺の胸の鼓動が、急激に速まった。
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