第10話 メ○ガキ先輩
ドアから顔を覗かせているのは、フワフワの癖っ毛が気持ちよさそうなちびっ子だった。
体は小さく愛らしい見た目をしている。
前に何処かで見たような?
「えっと、もしかしてっスけど……」
小柄な少女は遠慮がちに口を開いた。
「瑛理子先輩は、そこの男子と付き合っているっスか?」
ド直球の質問だった。口調こそ遠慮がちだったのに。
質問された瑛理子先輩はキョトンとした顔をする。
「付き合ってないわよ」
「そ、そうっスよね。男嫌いの瑛理子先輩が男子と付き合うわけないっスよね」
「そうね。付き合うつもりはないわ。男嫌いじゃないけど」
えっ! 瑛理子先輩って男嫌いじゃなかったのか。
何となく男子が苦手そうに見えるし、謎の威圧感で他人を近づけない雰囲気だし。
「そういえば紹介がまだだったわね、雅。こちらは新入部員の大崎君よ」
瑛理子先輩が俺を紹介すると、訝しむような顔をしたちびっ子が近づいてきた。
小さな体で必死に背伸びをしている姿が微笑ましい。
俺は、ずっと気になっていることを聞いてみることにした。
「あの、瑛理子先輩、ちょっといいですか?」
「何かしら」
首をかしげる瑛理子先輩が可愛くて見惚れそうになるが、俺は質問を続ける。
「何で小学生が校内に居るんですか?」
ピキッ!
ちびっ子から謎の音がしたかと思ったら、それまで子供のようだった雰囲気が一変した。
「あんたねえ、さっきから雅をバカにしてるでしょ! 雅はこれでも大人なんですけどぉ! 二年生なんですけどぉ! あんたの先輩なのよぉ!」
ちびっ子からメスガキに変容した女子が飛び掛かってきた。よく見ると丸木戸学園の制服を着ているじゃないか。
「えっ、あれっ? 制服ってことは、もしかして高校生?」
「もしかしなくても高校生だしぃ! 先輩よ、先輩!」
先輩を名乗るちびっ子。しかし背丈は俺の胸くらいしかない。
俺は瑛理子先輩の方を向く。
「瑛理子先輩、この子供が先輩を主張しているのですが」
「雅は二年生よ。あなたの先輩で合ってるわ」
「は? このメスガキ……ちびっ子が?」
ヤバい。俺は先輩に暴言を吐いていたのか。
雅と呼ばれているメスガ……先輩は、怒りで肩を震わせている。
「こ、ここ、この生意気後輩がぁああああ! クソガキはどっちだぁああああああああ!」
「わぁああ! すすす、すみません!」
ポコポコポコポコポコポコ!
雅先輩の拳が俺を連打する。非力なので全く痛くないが。むしろメスガキの攻撃が心地よい。
ただ一つだけ彼女に言いたいことがある。
「先輩、クソガキじゃなくメスガキです。クソガキは罵倒語ですが、メスガキは誉め言葉です」
「どっちでもいいしぃ! てか、ガキって呼ぶんじゃないわよぉ!」
結局怒られた。
お詫びの印に自販機でジュースを買ってきた俺は、瑛理子先輩とメスガキ先輩の前に缶を置く。
「どうぞ、メスガキ先輩」
「あんたやっぱり喧嘩売ってるでしょ! 雅には雅って名前があるんですけどぉ!」
メスガキ改め、雅先輩が気色ばむ。
「冗談です。メスガキのインパクトが強くて」
「だからガキって言うなぁ! あんた反省してないわね!」
「じゃあ雅先輩」
「馴れ馴れしいのよ!」
「そのくらいにしなさい。部活の話に戻るわよ」
瑛理子先輩にたしなめられた。
「すみません、瑛理子先輩」
「すみませんっス」
雅先輩も瑛理子先輩には頭が上がらないようだ。
「何よ、私の時は苗字呼びだったくせに。雅には自分から名前を呼ぶのね……」
瑛理子先輩が何かつぶやいた気がして、俺は聞き返す。
「何か言いましたか?」
「何でもないわ」
何でもないと答えるわりには、瑛理子先輩の顔は不満そうだ。少しだけ口を尖らせた表情が可愛らしい。
「とにかく、これで部員は四人になったわね。廃部の危機を脱したわ」
四人という言葉に、雅先輩の頭に『?』マークが浮かんでいるようだ。
「雅には言ってなかったわね。もう一人、三年の黒森さんが入部したのよ。水泳部との兼部だけどね」
「ほへぇ、あの学園の有名人、メアリー先輩っスか」
雅先輩が驚きの表情になった。
二年生の間でもメアリー先輩は有名なのか。
「これで文芸部も安泰ね。今日から本格的な活動に入るわよ」
「はい」
「はいっス」
雅先輩が来たことで、瑛理子先輩はもう一度活動方針を説明した。
各々好きな小説を一作品完成させることを。
「話を聞いていると面白そうっスね。雅も何か作ってみたくなったっス」
幽霊部員の雅先輩もやる気になっている。瑛理子先輩の話を聞いて興味がわいたのだろう。
今はWEBで簡単に投稿できるという手軽さもあるからな。
「それは良いわね。雅も一つ作ってみるのはどうかしら? 短編なら時間もかからないわ」
「そうっスね。恋愛ものとかなら」
雅先輩が乙女の顔をしている。
「何よぉ。何か文句あるぅ? さっきから雅をジロジロ見てるけどぉ」
隣に座っている雅先輩が、俺の方に身を乗り出してきた。
微笑ましい気持ちで眺めていただけなのに。
「えっと、子供を見守る親心と言いますか……」
「だから子供じゃないって言ってるでしょぉおおぉ!」
また雅先輩が飛び掛かってきた。
そういうところが子供っぽいのだが。
「ふーん、そういうことしてると雅にも考えがあるんだけどぉ」
「何ですか? ポコポコは利かないですよ」
「ポコポコって何よぉ! そうじゃなくて、あんた瑛理子先輩の足を舐めてたでしょ?」
ギクッ!
しまった。そういえば、あの時に見られたのって雅先輩だったよな。
そうだ、小学生だと思って忘れてたけど、あの時も瑛理子先輩が『雅』って呼んでたぞ。
「ふふぅ~ん、あんたMっぽいと思ったけどぉ、やっぱそうだったんだぁ」
「くっ、あれは違うから。物語のシチュエーションをですね……」
「きゃははぁ♡ 隠さないでいいわよぉ」
雅先輩の顔が歓喜に満ちているじゃないか。まさにメスガキみたいな顔で。
「ざーこ♡ ざーこ♡ ねえねえ、今どんな気持ちぃ?」
くっそ! この先輩、まさに漫画に出てくるメスガキそのものだぞ! 先輩なのに。
反撃してわからせたい!
「やめなさい、雅。あれは私がやらせたのよ。舐めるフリだったの。大崎君は私の執筆に協力してくれていたのよ」
瑛理子先輩から援護が入った。天使かな?
今まで悪魔みたいだと思っていてすみません。
「なぁんだ、Mじゃなかったのか。ざぁんねん。あんたがMなら、雅が足を舐めさせたのにぃ」
おいこらガキ。調子に乗ってるなよ。
マジでわからせるぞ。
「大崎君がドMなのは否定しないわ。素質あるわよ」
こらぁああああ! やっぱり瑛理子先輩は悪魔だったよ! 天使とか思った俺がバカだったぜ!
そんなこんなで、楽しく(?)創作談義は続き、あっという間に下校の時間になった。
「雅、これから大崎君と執筆道具の話をするのだけど、あなたも来る?」
帰り際、瑛理子先輩は雅先輩に声をかけた。
「ごめんなさいっス。今日は友達と約束があって」
「そう、じゃあまた今度ね。いつでも部室に来て良いわよ」
「はいっス」
元気に手を振った雅先輩は、本当の小学生みたいに駆けていった。
「元気な子供ですね」
「あなたの先輩よ」
そんな話をしながら、俺と瑛理子先輩は部室を出た。
一緒に廊下を歩いていると、また緊張してしまう。
クラスメイトに見られたら噂になってしまうとか考えながら。
「私の家は電車で下り方面だけど」
「俺も同じです」
ん!?
「って、ちょっと待て!」
「何よ?」
昇降口まで来たところで気づいた。これから瑛理子先輩の家に行くことを。
「ちょ、ちょっとマズくないですか?」
「何がマズいのかしら」
「今から先輩の家に行くんですよね?」
「そうよ」
「年頃の男女が二人っきりですよ」
「何か問題かしら?」
問題だらけだよ!
「あの……俺も男ですよ。二人っきりになったら、俺が何かするとか思わないんですか?」
「何かするの?」
「しませんよ!」
「なら問題無いわね」
瑛理子先輩はどんどん歩いていってしまう。
「ちょっと待ってください!」
「まだ何かあるのかしら?」
「だから女子が部屋に男を入れるってのはですね……」
「大崎君が何もしないなら良いでしょ」
「先輩は無防備すぎます。知り合ったばかりの男を部屋に入れるのはですね……」
振り向いた瑛理子先輩は真面目な顔になった。
「私は誰でも部屋に入れる訳じゃないわ」
「えっ?」
「お、大崎君だから入れるのよ」
それってどういう意味だよ!
もしかして……。
「私は男を見る目はあるつもりよ。大崎君は信用できると思ったから連れて行くの。それに……一緒に小説を書くって言ってくれたから……」
少し照れた顔で話す瑛理子先輩。そんな顔をされると、本当に誤解してしまいそうで。
「わ、分かりました」
「分かれば良いのよ」
俺は先輩の後をついて歩く。
緊張で足を震わせながら。
ただ、この後の俺に修羅場が起きるとは思いもしなかったのだが。




