1st leg
・サッカーの神様は、いつも少しだけ僕に優しい。
by ロナウド(元ブラジル代表)
寒さが身にしみる冬空の下で、俺や仲間達の心は熱く燃えていた。
1月も1週間程過ぎたこの日、俺たちの姿は国立競技場にあった。電光掲示板に映し出されているスコアは『2-0』。俺らの高校が勝っていて、時間も残す所ロスタイムのみとなっていた。
スコアや残りの時間上普通ならこれ以上の攻撃はペースを乱しかねないと思い、安全な戦略で戦う所だろう。
---普通なら、か。
だけど俺たちの戦い方を見れば、きっとそんな思いは無いと分かるだろう。
その言葉を象徴するように、自分が考えたことに自分で嘲笑してしまいながら、今現在ボールを持っていた俺は相手のゴールに向かいシュートを蹴りこんでいく。
相手の選手達には疲労や困惑が手に取るように分かるほど動きが鈍い。
ここまで来たのに負けてしまうなんて…、そんな事を思っている事だろう。自分だったらそう思うはずだ。俺はそのままゴール前へ走っていく。自分達の中で誰かがこぼれ玉を拾ってくれているはず、そう思いながら。
その思い通り上がってきていた俺たちのチームで、右サイドバックを務めている選手がこぼれ玉を拾ってサイドを駆け上がり、展開していく。守備をしている相手の選手達はウンザリとした様子でそっちの方に動きがつられてしまう。そこで気付いたのか、ハッとした様子でゴール前を確認する相手の選手達。
もうその時には遅かった。
気付いた相手の選手達より一足早く俺がそのスペースへと入り込んでくる。その動きを信じていたのだろう、サイドバックの選手がそこにドンピシャでクロスを上げてくる。
それに向かって誰よりも早く動き始めた俺だったが、なんとか俺の考えを読み取った相手のDFが俺のユニフォームを密かに掴んで動きを封じている。
---邪魔するなよ。
それをものともせずに進んでいく俺。相手の選手の方が引っ張られて転んでしまう始末だ。
フリーになった俺は体を少し倒しながらボレーのモーションに入りボールを迎え入れる。気持ちが良いほどに今この時がゆっくりとしたスピードで流れていく。
一度は俺の右足の甲に迎え入れられたボールは、留まる事無くすぐに離れていく。その先はハンモックのよううなネットが張られているゴールだ。
ボールは誰にも触られる事無くネットに受け入れられる。忙しなく動いていたボールがようやく休息についた。
一層と沸き立つスタジアムの歓声。相手のチームの応援団を除いた誰もが言葉とは思えない声を上げている。それに触発されたように俺の体は動き出す。今日は3点全てを取り、フル出場もしていて疲れているというのに動かさずにはいられなかった。
相手のチーム全員がうなだれていたり、座り込んで泣いている間を縫って走って行く俺は、飛び上がりながらガッツポーズをする。
不謹慎と取られるかもしれない。それでもこの気持ちを表さずにはいられなかった。
※ ※ ※
「もう明日の試合で終わりなんだよね」
「ああ。本当の最後だ」
試合も終わり、喜びの中宿泊しているホテルに戻ってきた俺たちは、興奮冷めぬまま夜を迎えていた。
さすがに疲労をだんだんと体が訴え始め、皆が眠りにつき始める。一番騒いでいたキャプテンの吉仲が一番最初に眠りに着き、一番デカイいびきを掻いて周りに迷惑をかけていた。皆がそれで顔に落書きしていたが、明日はきっとすごい怒るだろう。そう思いながらも止めずに笑いながら見守っていた俺も、さすがに眠いと寝ようとしていた。
丁度その時、俺の携帯がメールの着信を知らせてくる。内容を見ると、
『ちょっと出てこれる?』
俺は騒ぎの中誰にも気付かれないように部屋から、そしてホテルから出て行く。行けると返事をした後に送られてきたメールに書いてあった待ち合わせ場所は、しばらく行った先にある公園。
俺を待っていたのは彼女の有紀だった。大会中はここで何回も会って、試合間の何も無い日は絶対に会って話をしていた。
髪を染める事も無く、化粧もほんの少しするだけ。しかもスカートを短くしたりもしないという『清楚』と言う言葉を表しているような彼女は、中学生の時からの付き合いだ。昔からずっと変わらず俺の事を見てくれている彼女は、俺の心の拠り所にもなっていた。
今日もただ他愛も無い話をするだけ。でもそれだけで俺はよかった。
「すごかったよ。今日の…、あれ…、なんて言うんだっけ? あの…、『ハットリ君』?」
「いや、『ハットトリック』。1人が3点取る事だろ?」
そうそれ!、と言いながら笑う彼女につられて俺も笑ってしまう。こうやって話しているときも、透き通るような声がとても心地よくて、いつまでも彼女の声を聞いていたいと思うほどだ。
無邪気に笑って隣にいる彼女を見て、俺は思わず抱きしめてしまった。
「きゃ! ちょ、ちょっと。こんな所でダメだよ!」
「嫌だ。放さない」
そう言って少し体を離し困っている彼女を見て、微笑みながら顔を近づける。
一瞬触れ合うだけの口づけ。何が起きたか分からなかったのか、彼女はボーっとしている。ようやく頭が今の出来事に追いついたようで、急に顔を真っ赤にして俺の胸にうずまる。
「恥ずかしいよぉ…」
消え入りそうなその声が、あまりにもいとおしく、俺は一層強く抱きしめる。
「でも、隼くんも心臓の音、早い…」
「そりゃあ彼女に胸を押し当てられちゃあ…」
「…ばか」
そう彼女が言って、戸惑いながら顔を俺に向けて眼を瞑る。
俺は彼女からのそうされたことで心臓がドクンと大きくなってしまう。それでも俺は申し出をしっかり受け止め、もう一度口づけを交し合った。
※ ※ ※
彼女と別れた後、俺は帰り道を歩きながら携帯を取り出した。
耳に押し当て、聞こえてくる呼び出し音が数回聞こえた後、相手が受け取った音が聞こえてくる。
『もしもし、田中ですけど』
電話をかけた先は俺の家。出たのは俺の母さんだった。
「母さん? 俺だけど」
『オレオレ詐欺にはかかりませんよ?』
母さんの受け答えに思わず笑ってしまう。母さんも同じように笑っていた。
『どうしたの? こんな時間に。明日だって試合なんでしょ?』
「ああ、でもちょっと電話しとこうと思って」
『珍しいわ。アンタがこんな風に電話してくるなんて。やっぱりオレオレ詐欺?』
いいよそれは、と言って空を見上げながら話し続ける。
「たださ、ここまで頑張ってこれたのも、母さんのおかげだって思ってさ。
父ちゃんが死んでからずっと俺のこと育ててくれて、家が大変なのに俺がサッカーで頑張りたいって言っても反対しないでやらせてくれたからここまで来れたんだし。お礼ぐらいは言いたいよ」
『…』
俺の言葉が終わっても電話の先からは何も言ってこない。それでも俺は続ける。
「ようやく3年になって全国まで来て、しかも決勝の舞台に立てる。こんな時だから言いたいよ。
あり---」
『待った』
丁度お礼が言おうとした矢先、電話の向こうから俺の言葉を制する声が聞こえてくる。若干鼻が詰まったような声だが、俺はあえて気付かないフリをする。
『お礼は後でゆっくり聞いてあげる。全部終わってからでもいいでしょ?』
「…うん。そうだね」
そうだ。俺はまだ明日試合がある。こんな所で満足感になんか浸っていられない。それをこんな時に教えてくれる母さんはとても強い人だと思ってしまう。
『…まあ、プロにでもなって3倍返しでお願いね』
その一言が無けりゃ良いものを…。でも母さんらしくてとても嬉しい。
「大丈夫だよ。ちゃんとオファーが来てるから。あとは明日の結果次第では5倍返しも出来るかも」
そう言って電話で笑い合う俺と母さん。やっぱり親子なんだと思ってしまう。
じゃあ、そう言って電話を切って一つ息を吐く。
暗い夜空の向こう、待っている明日。
その空の下で俺はどんな風になっているのか。そんな事を考えていた。
超不定期ですので、少し目にしていただければ嬉しいです。
今度はいつになるやら。