妨害とプライド
奇跡の発明は、必ずしも全ての人々に祝福されたわけではなかった。
むしろ、世界の大国たちにとってそれは、屈辱の象徴だった。
世界各地の会議室で、怒号が飛び交った。
「新参の小国が我々を救うだと? 聞き捨てならん!」
「我々の技術力と威信を無視して、あの国が“救世主”になる? そんな屈辱は受け入れられん!」
机を叩く音、グラスを割る音が響く。
その声には、恐怖と焦り、そして何よりもプライドが崩れる音が混ざっていた。
やがて各国は、外交ルートを閉ざし始めた。
国家サチへの通信回線は次々に遮断され、妨害電波が衛星通信を乱した。
夜ごと、国家サチの研究施設のモニターには謎のコードが流れ込み、警報が鳴り響く。
「サイバー攻撃だ! また外部から侵入を試みている!」
若い技術者が叫び、キーボードを必死に叩く。
「誰だ……どこの国だ……」
しかし、ログを追えば追うほど、発信元は巧妙に偽装され、闇に消えていった。
その頃、国家サチの中央会議室では、緊迫した議論が続いていた。
壁一面のスクリーンに映る世界地図の上には、赤い警告マークが次々と点滅している。
カイトが額の汗を拭い、深く息を吸った。
「バリアを地球全体に広げるには、展開装置を他国の領域にも設置しなければならない。
しかし……この状況では、歓迎されるどころか攻撃される可能性が高い」
静まり返った室内に、年配の女性が立ち上がった。
「攻撃……つまり、我々は救おうとした相手に撃たれるかもしれないということですね?」
声は震えていたが、瞳は真剣そのものだった。
若い男性代表が机を叩き、声を荒げた。
「それでもやるべきだ! 外の人間は……もう限界だ。死んでいくのを黙って見てろっていうのか!」
「だが、こちらが滅びれば計画そのものが終わる!」と別の代表が反論する。
「相手は誇り高き連中だ。助けられる立場を受け入れるぐらいなら、共倒れを選ぶかもしれん!」
サチが、静かだが鋭い声を発した。
「私は彼らのプライドに興味はない。興味があるのは、命が残るかどうかだけです」
その一言に、室内の空気が一瞬凍りついた。
沈黙の後、年老いた職人がゆっくりと口を開いた。
「プライドは、墓の中には持っていけない。持っていけるのは……後悔だけだ」
会議室の隅で、若い女性が涙をこらえながら小さく呟いた。
「私の弟は、まだ外の世界にいるんです。プライドなんて、もうどうでもいい……」
その声は、やがて波紋のように全員の胸に広がった。
カイトは静かに立ち上がり、スクリーンの地球の映像を見つめた。
「ならばーー我々はやる。攻撃を受けても構わん。世界の全てを覆うバリアを、必ず完成させる」
その言葉に、全員が頷いた。
恐怖と覚悟が入り混じる中、国家サチの人々はついに決意した。
それは、人類史上最も危険な救出作戦の始まりだった。