第2話 魔王、救世主として誤解される
果たして無事に峠へたどり着けるのか――いや、その前にフード直せ。
村を出て間もなくして、ルシフェリアはフードを深く被り直した。北の峠までは半日ほど。のんびり歩けば日暮れ前には着くはずだった。
――はずだったのだが、早くも面倒なことが発生した。
「おい、ルナ。フードずれてる。」
脇を歩くシドが顎で示す方向を見ると、畑仕事中の農夫がこちらを凝視している。しかも、フードの隙間からのぞく角に向かって。
「気にするな。妾はただの猫愛好家じゃ」
「猫愛好家が頭に角はえてたら、だいたい悪魔認定されるからな?」
「それは、猫愛好家だろうが、犬愛好家だろうが、ゴキブリ愛好家だろうが、悪魔認定されるじゃろ」
「ゴキブリ愛好家は、悪魔認定よりも、さらに上を目指せるんじゃないか」
角を押さえて歩き出したところで、耳慣れた声が飛んできた。
「あらまぁ、あの角隠しのお嬢さん、魔王で――」
振り返れば、おばちゃんが元気に立っていた。
「……世界を滅ぼ――」
「滅ぼさん! 救う!」
食い気味に訂正したが、「滅ぼ」の部分だけ妙に耳に残った表情をされる。
「いやいや、今“滅ぼす”って言ったじゃないの」
「違う、”滅ぼさん”といったんじゃ」
「滑舌の訓練が必要ねぇ」
滑舌……ふと、ミノタウロスの顔が浮かぶ。魔王に仕えて30年。未だに自分を呼ぶ声が鳴き声のように聞こえてしまう。
会話が不思議な方向に転がっていく。横でシドが小声でぼそっと言った。
「おばちゃんネットワーク、光速超えてるな」
そのやり取りを近くで聞いていた、小さな少年がルシフェリアの前に駆け寄った。
「魔王お姉ちゃん、勇者をやっつけてくれるんだよね!お姉ちゃんが世界を守ってくれるんだ!」
「……まあ、そうじゃな」
「やったー!お母さん、魔王お姉ちゃんが救世主だって!」
少年は全速力で走り去った。
その会話を遠くで聞いていた別の大人が、眉間にしわを寄せながらつぶやく。
「世界を守る……つまり、勇者と一緒に世界を“作り直す”ってことじゃないか? あれは危険だ!」
「滅ぼすって話も聞いたぞ」
こうして、「魔王=救世主」と「魔王=破壊者」という正反対の噂が同時に村を駆け抜けていった。
おばちゃんと少年と大人がそれぞれ違う方向へ走っていくのを見送りながら、シドが肩をすくめた。
「お前、もう善人と悪人、両方で拡散されてるぞ」
「忙しいのぅ、妾」
そうこうしていると、近所の子供が駆け寄ってきた。
「ねえねえ、お姉ちゃんたち、峠行くんでしょ? 近道教えてあげよっか」
「助かるのぅ」
シドが「やめとけ」と言いかけたが、ルシフェリアはもう聞いていなかった。案内されたのは苔むした古い門。看板には〈ようこそ!旧魔族要塞アトラクション〉と書かれている。
「ここ……観光地だぞ」
「なら安全じゃろ」
――安全ではなかった。
最初の通路は何もないように見えた。が、一歩踏み出した瞬間、床板が「ガコン」と沈み、ルシフェリアとシドが落とし穴に吸い込まれていった。
「いきなり落とすとは……」
落ちた先の壁には、〈ようこそ!一階:軽めのスリル〉と書かれた板。軽めでこれなら、重めはどうなるのか。
作ったヤツを魔王城に技師として召し抱えたいくらいだ。
さらに進むと通路がやけに神々しい光で照らされている。足を踏み入れた瞬間、壁から合唱のような讃美歌が流れ出した。
〈魔王よ、改心せよ~~〉
「……妾にケンカを売っておるのか」
「いや、観光的にはウケ狙いなんだろうけどな」
さらに通路を進むと、行き止まりのような場所に差し掛かった。
そこには、妙に立派な台座の上に――ルシフェリアそっくりの等身大パネルが立っていた。
角の角度から衣装のしわまで、妙に作り込みが細かい。
台座の下には〈記念撮影はこちら!〉と大きく書かれた看板。
そしてその横には、なぜか自動で動く撮影用の水晶カメラが設置されている。
「……おぉ、似ておるな」
「いや本人だろ」シドが冷めた目を向ける。
「妾、こんな顔するかの?」
「する」
「……じゃあ、ちょっと今やってみ」
「やらなくていい!!!」
そんなやり取りをしている間に、水晶カメラが「カシャッ」と音を立て、二人を強制的に撮影した。
次の瞬間、横の小さな魔法印刷機から写真が出てくる。
そこには、ルシフェリアとシドが同じポーズで仁王立ちしている姿が――。
「芸が細かいのぅ。作ったやつを妾の城に召し抱えたいわ」
「それ人材スカウトの基準おかしくね?」
その夜、焚き火を前にシドが真顔で聞く。
「なぁ、本当に世界救うつもりあるのか」
「あるぞ。猫が暮らせる世界は守る」
「……あと?」
「あと人間も」
「順番直せや」
……その頃、村では二種類の噂が同時に盛り上がっていた。
〈魔王が勇者を倒して世界を守ってくれる!〉
〈魔王が勇者と結託して世界を作り直す!〉
結果、討伐隊と“応援隊”が同時に組織され、翌朝、北の峠へ向かって走り出すことになる。
まだまだ続くよ。