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作者: イユ

仙台駅で待ち合わせをして、そのまま2人で通勤ラッシュの過ぎた地下鉄のホームへと向かう。15分ほど電車に揺られ、だんだん車内の人気がなくなると、田んぼとチェーン店が混沌と並ぶ終点駅に到着する。さらにそこから15分、田んぼ道の方に歩いていくと、一際目立つラブホテルがある。

平日のフリータイムが格安料金なのに加え、アメニティや設備が豊富で、部屋もお風呂場もそこら辺のビジネスホテルなんかよりも格段に広い。車通りの多い、飲食チェーン店が立ち並ぶところに立地しているため、治安も悪くなかった。

人の流れから外れ、場違いな空気の中に佇むこのホテルが、お金のない私たちが2人きりになれる唯一の場所だった。


 3月の最後の1日も私たちはそこで過ごした。

8時半に駅で会って、駅の近くのスーパーでお昼ごはんと飲み物を買い込む。ホテルへ着くとすぐにセックスをして、シャワーを浴びて、2人で映画を見て、涙を流してホテルを後にする。

その日2人がした出来事を箇条書きにすれば、5行も満たせない1日だ。しかし日記を書けば数十ページに及ぶだろう。死ぬ最後の瞬間に走馬灯で蘇るのは、おそらくこういう感情だけで語れてしまう記憶のことなのだ。

  

私は家に帰るのが好きだった。どんなに気の置ける友人たちと出かけていても、楽しいという感情には必ず家に帰る恋しさが伴った。自宅の最寄り駅に到着すると、その日、半世紀ほど思い出に残りそうな1日を送っていたとしても、無意識に張り詰めていた身体に安堵が訪れた。

家族との仲がよかったわけではない。ただ家にいる時は、孤独を感じさせるような出来事や、自分を傷つけてしまいたくなるような瞬間に出会わずに済む。煩わしい人間関係に精神をすり減らすことも、どうしても成し遂げることができない物事に苦しめられることもなかった。

心の拠り所を見つけることが難しかった私には、何者にもなれない悲しみを染み込ませたその空間に、自分だけの居場所があるように感じていた。


しかし彼とのデイトの終わりはいつも、家までの距離と反比例してやってくるはずの安堵感が、綺麗に、少しずつ離れていった。温度を感じ取ったはずの身体と、確かに満たされた心を放置して、虚しさが全身を染めた。外の空気に触れる心地良さの裏に必ずいた郷愁は、彼といる時は何故か無効になった。

そのことがずっと不思議だった。待ち合わせ場所で最初に視線を交わした瞬間から、タイムリミットを知らせる音が鳴り始めてしまうような関係だからだろうか。彼ともっと長く、永く、近くにいることが許されたら、家に帰るまでの道のりを、待ち焦がれた気持ちで辿れるようになるのだろうか。


あと数時間で4月1日になろうとしていた。その数分前に彼を乗せるバスは出発する。そのバスを見送ったことは一度もなく、いつも先に電車で帰らなければならなかった。彼がせっかく仙台にいるのに、数時間分も無駄にすることが勿体なくてたまらない。

改札口で彼が言った。

「またね」

悲嘆な瞳が真っ直ぐに私を見つめる。「さようなら」という言葉を彼が嫌うのは、次がないからだ。私たちには、確信的な「次」がなかった。会う回数も時間も限られていた。この改札を通れば、あと何十時間、あと何十日、あと何ヶ月、触れることが出来なくなるのだろう。もしかしたらこれが最後になるのかもしれない。

でも私は通らなければならなかった。強く繋がれていた右手を離さなければならなかった。東京行きのバスに乗り込んでしまいたい衝動を持ち合わせながら、これが最後かもしれないと彼の瞳に別れを告げる。矛盾した心と身体を改札に通すたびに、この恋の残酷さと愛おしさに気づいた。


いつからか、彼は私の家になっていた。そこにいるだけで、ここが私の居場所だと分かるような存在になっていた。自分の家に感じていた心地の良い温度を、いつの間にか彼に求めるようになっていた。デイトの終わりに感じる虚しさは、ホームシックのようなものだったのかもしれない。

 彼という家に見守られながら、1ヶ月のうち数時間だけその家に棲む。決して幸福だけで満たされるわけではないが、胸が張り裂けるほどの別れを幾つ繰り返しても、私は彼が好きだった。


 だんだんと視界から彼が消えていく。手を振るたびに愛が溢れた。彼の心から涙が流れるのが見える。私は目を閉じてそっとシャッターを押した。この光景を脳裏に焼きつかせるために。

感情の赴くままに作りました、正真正銘の初心者です。

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