12
それからエルフリートが見聞きした事をひと通り語り終えると、ロスヴィータの話を聞く番になった。体を動かし続けているせいか、彼女の顎から汗が伝う。プランクを終えた彼女はスクワットに切り替えて腕を休ませてから、腕立て伏せをしているところだった。
エルフリートから見て、ロスヴィータの体力は体格の良い騎士並であると思う。女性であるという時点で不利なのに、バルティルデほど筋肉を発達させずにこれである。
エルフリートはロスヴィータのタフさに感心しながら彼女の話を聞いた。
「領主の屋敷はカリガート領で作られている品ばかりだった。自領への強い愛を感じたよ」
「ふぅん?」
「家具に、食器、他にも色々、全てカリガート領産のものらしい。聞けば、すぐにどこの誰がいつ作ったのか説明してくれた。まるであそこはカリガート領の歴史が並べられた博物館のようだったな」
ロスヴィータの言葉に、エルフリートは瞬きした。ロスヴィータに博物館とまで言わしめるとは、それだけすごいのだろう。
「歴代の領主がしてきたように自分も動いているだけだとバーラト氏は言っていたが……あれは、本人が自主的にそうしているのだろう」
「そうなんだ?」
エルフリートは腕を休ませる為に腹筋に切り替える。捻る動作を加えて負荷を増やせば、さすがに体がぽかぽかしてきた。
「地元の品だといっても、そう全ての家財を把握している領主は少ないだろう。むしろ、家財の把握というだけなら領主よりも家令や執事の方が詳しいかもしれないな」
「そうかも」
エルフリートは実家の事を思い浮かべる。現カルケレニクス領主であるエルフリートの父――アーノルド――は領地の運営を人任せにするタイプではないが、家具などについては妻のアデラに任せる事も多い。
そう考えると、領主が全てを把握しているはずだという考え方は必ずしも正しいとは言いきれなかった。
「屋敷を案内してもらった後は、カリガート領での産業について詳しく教えてもらった。この領はすごいな、ほぼ全部が揃っていて領内でほとんど生活がまかなえるような仕組みになっている」
「じゃあ、カルケレニクス領と同じだねぇ」
「そうだな。ああ、鉱物の類が産出されないところも似ているな」
「へぇー」
それから、ロスヴィータは畜産や農業、林業から種々の工房について語る。聞けば聞くほど、カリガート領は自領で完結できる生活環境が整っているように思えてくる。
ここまで豊かであれば、維持するだけで満足できそうだ。鉱物がないから、欲が生まれるような経済的発展が見込めるわけでもない。むしろ、宗教都市としての立ち位置を確立し、観光に力を入れた方が発展しそうだった。
汗を拭いながら、ロスヴィータが「そういうわけだから、不正をするメリットがなさそうなんだ」と呟いている。彼女がそう言うのも分かる気がした。
「ところでロス」
「なんだ?」
エルフリートはさっきから気になっていた事を口に出す。
「筋肉ついた?」
「ああ、分かるか?」
ロスヴィータはエルフリートに笑顔を向けると、汗を拭くのも中途半端にシャツを脱ぎ始めた。ぎょっとするエルフリートを気にするでもなく、脱いだシャツを移動させた椅子の背もたれに引っかける。
ロスヴィータは異性装をイメージしているせいか、下着の上に皮鎧にも似たコルセットを身につけている。だから脱ぐ事に抵抗がないのだろうが、少なくとも異性の前でして良い格好ではない。
堂々とコルセット姿を披露しているロスヴィータが腕周りの筋肉を見せつけるように動かしている。スリーブのない下着を着ているから、腕の筋肉の動きがよく見える。
はじめは動揺していたエルフリートも、段々慣れてくる。
「あまり鍛えすぎては結婚する時に邪魔になるかとは思ったんだが、|あの夢《
・・・》を叶えるなら、もう少ししっかりした体型になりたいと思ってな」
「ロス……」
あの夢、とはもちろん異性装をしての結婚式である。現在エルフリートがウエディングドレスを着て、ロスヴィータがタキシードを着る。そんな夢のような結婚式だ。
「フェーデが頑張っているのに、私だけのうのうとはしていられない。少しでも男性的な見た目を目指して体型を調整しようと思ったんだ。
どうせ、今後も女性騎士として活動するなら筋肉があっても損はないしな」
「ロス、かっこいい…………」
ふらふらと吸い寄せられたエルフリートは、笑顔の彼女の二の腕に触れる。トレーニング後の汗ばんだ感触の先に、しなやかな筋肉の動きが感じられた。
わあ、すごい。エルフリートほうっとりとしながら筋肉の動きを堪能する。少し力を入れれば、彼女の命の脈動が分かる。エルフリートが与える圧を気にせず、ロスヴィータが筋肉に力を込めれば、弾力のある感触がまざまざと感じられる。
「どうだ? 私は理想の王子様に近付けているだろうか?」
「うん! うん!! かっこいい!」
エルフリートはロスヴィータから少し離れ、彼女の筋肉の付き方を改めて確認する。コルセットとパンツの間から少しだけ見える腹筋はしっかりと割れていて、その筋肉も肉厚であるようだ。
仕上がりつつあるだろうその肉体美を想像し、エルフリートは頬を染めて褒めちぎる。エルフリートの言葉が心からの感想であると知っているロスヴィータは、そんな彼を見て満足気に目を細めるのだった。




