2
ここ最近のエルフリートは、自分の役割をバルティルデやマロリーに割り振り、女性騎士団副団長の座を降りる準備を着々と進めていた。その為、今回の視察も中途半端にしか情報を得ていなかった。
せめて事前に書類の確認くらいはしておけば良かったな、とエルフリートが後悔しても今さらであるが。
ロスヴィータにカリガート領の現状や現地の人間が作った報告書の内容を聞きながら、エルフリートはこっそりと後悔していた。クノッソ領の時は、エンリケがエルフリートに宛てて書類を寄越したから、ロスヴィータよりも先に確認する事になり、情報を手に入れる機会があっただけである。
だから、何が起きているのか全く分からない、という事がなかったのだ。だが、カリガート領の方は違う。
こちらは総団長に届いたものだ。この書類たちは、総団長ヘンドリクスが確認し、ケリー経由でロスヴィータのもとへ届けられた。そして、それはバルティルデのところで止まり……この視察旅行が計画された。
「フェーデ、まず確認したいのは、教会と領主の繋がりが正常なものなのか、だ」
ロスヴィータの澄んだ声が耳に届く。馬の間隔を元に戻したエルフリートは心地よい声にうっとりとしながら、彼女の指示を聞く。
ロスヴィータは多く見積っても半分程度しか事情を知らないエルフリートの為、解説を交えながら話を続けている。
「帳簿が確認できるようにはしたい。だが、うまくいかなかった場合はこっそりと確認してほしい。
帳簿は領主の方も頼む。言わなくても分かるだろうが、複数の帳簿を確認すれば、整合性に欠ける部分が見つけやすいからな。もしかしたら献金などに関しては別の帳簿をつけていて、転記するかたちを取っているかもしれない。
その場合はそっちの帳簿も確認するように」
決められた前口上のように、すらすらと語られていく。領主がどんな人物なのか、周囲の環境はどうか。怪しい人物はいるか。関連性が高いと予想されている項目は何か。
誰と誰が繋がっているのか、気をつけるべき人物は誰か。ロスヴィータの声を堪能しながら整理する。
領主は関わっていない可能性が高く、またあるとしたらここ数年で人気が出てきた聖職者の一人かもしれないという事から、領主の周辺で本件とは無関係な別件が潜んでいるかもしれない事まで、あらゆる情報がエルフリートに伝えられていく。
はじめの頃はロスヴィータの声を楽しんでいたエルフリートだったが、情報量のあまりの多さに、情報が抜け出ていかないようにと集中するようになるのだった。
エルフリートとロスヴィータは、打ち合わせをしたりしながら、予定通りの日程でカリガート領への移動を続けていた。今夜は比較的大きな町に泊まる事になる。
エルフリートは数日ぶりの宿にご機嫌だった。男性らしさがどんどん出てきている中、エルフリートにとって身だしなみを整える場所があるかどうかが死活問題になってきていたからだ。もちろん、これはエルフリートが勝手に感じているものであり、ロスヴィータたちからは首を傾げられている。
男性っぽく見えていないし、女性として不自然な感じもしていない。エルフリートの事を知っている人間から聞くのはそんな言葉ばかりである。だが、エルフリートは納得していなかった。
周囲の感覚と自分の感覚が違うのはよくある事である。だからといって、周囲に流されるようにして妥協をするつもりはなかった。
エルフリートはここ数日さぼり気味だった頭皮のケアなどについて、どうしたものかと考えを巡らせながら、ロスヴィータと共に町の中へと入っていく。
おもしろい事に、街道沿いに発展したこの町は長方形になっているらしい。町に入る、というよりは街道の縁を移動するような感覚になる。
「ロス、泊まる予定の宿って」
「もうすぐ着くぞ。ああ、あそこだ」
エルフリートがそわそわしながら話しかけると、彼女は顎でくいっと目的地を示した。街道に沿って発展している為、あまり奥行きのない町になっている。街道から数軒が店、その奥に数軒程度の住宅が並んでいるように見受けられた。
すぐ目の前の脇道の向こう側、一番手前に建っている大きい宿が、目的地のようである。
こういった街道の町の場合、普通は馬宿のような場所があって、そこに馬を預ける事が多い。だが、ここは宿が厩と隣接している。用事が一ヶ所で事足りる宿というのは便利である。
ロスヴィータがこの宿を選んだのも頷ける。
「大きいねぇ」
「あなたには、こういう宿の方が良さそうだと思ったからな。数回しか宿を利用できないからこそ、宿はなるべく良いものを選んでおいた」
「ありがとう!」
馬から降りながら、そんな会話を続けていた。馬を馬丁へと預け、宿の玄関へ向かう。
「経費的に問題のない程度にしてあるから安心してくれ」
「さすがロス!」
ありがたい話である。ここでいう経費とは、女性騎士団の予算から出される金の事である。カリガート領で金の流れに関して密かに調査をする身で、経費の無駄遣いや、業務上横領みたいな贅沢をしてまで身だしなみを整えたいとは、さすがにエルフリートだって考えていない。
可能な限りの手配をしてくれるとは、本当にロスヴィータは素晴らしい人である。エルフリートは理解のある婚約者に、心の底から感謝するのだった。




