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馬番をしてくれているエンリケと合流したロスヴィータたちは、川から離れてアントニオたちが巡回していた地域へと向かった。巡回とは言っても、狩猟中の猟師に偽造しての行動である。何人もの人間を使うことはできないが、猟師の存在を匂わせておくことで、ある程度ルートを絞らせる事ができる。そんな目的で行っていたのだった。
万が一接触があっても大丈夫な人員として、経験豊かで冷静なアントニオたちが起用された形である。――結局、彼らにはほとんど出番がなかったようだが。
「このあたりは馬でも移動できるのか」
「ええ、馬に乗って追いかけっこはさすがに厳しいですが、意外と」
ロスヴィータの声に反応したのはエンリケだった。エンリケはこの山を知り尽くしている男である。彼は周囲を見回して笑う。
「子供の頃は、空想上の生物が出てきそうだなと思っていましたよ」
「あなたにもそんな時代があったとはな」
「ははは、当たり前でしょう! 子供は夢見がちなところがあるんですよ」
前回と違って今回は次期領主としてロスヴィータたちと接するからか、エンリケは丁寧な話し方をしてくる。礼儀正しい貴族のお手本のような男に、ロスヴィータは尊敬の念を抱く。
立場に合わせて言動を変える事は、時には裏表のある人間と捉えられかねない。だが、状況に応じた適切な変化であれば、その限りではない。エンリケは、完璧だった。
「さて、この辺りからがそうなのですが、ここに関しては特には手を加えてはいません」
「猟師くらい、という事か」
「ええ、その通りです。変える意味もないですし」
「なるほどな」
少し距離はあるが、この地域を抜ければエルフリートが歩いた樹上の通路が張り巡らされたエリアになる。そういう事もあって、それほど重要視するべき場所ではないのだった。
それに、ここは本来狩猟の場である。あまり手を加えては、動物たちの環境が崩壊してしまうのだろう。
時折鹿の姿が視界に入る。ロスヴィータが指摘すると、こそこそと動いている時の方が動物を警戒させるのだとエンリケが小さく笑った。
なるほど、馬には乗らずに徒歩で移動し、茂みに潜んで狩りをする事が多い。巻き狩りなどでも、結局は潜んで待ち伏せをする。堂々と動いている者に対しての警戒心の方がゆるいというのは、それを経験的に動物たちも理解しているのかもしれないなとロスヴィータは思う。
「小屋は、少しだけいじりましたよ」
「ああ、ずいぶんと面白い事を考えたものだ」
「是非とも実際の姿を確認していただきたい」
いたずらっ子のようなエンリケの言葉にエベラルドの誇らしげな声が続く。ロスヴィータはエルフリートと視線を交わして笑った。
本日最後の目的地、マロリーが守護していた山小屋に到着した。この小屋は緊急避難小屋とは違い、ちょっとしたロッジのような小屋である。部屋も分かれているし、一応キッチンと風呂場の両方とも揃っている。本当に最低限という緊急避難小屋とは大違いである。
ロスヴィータは拠点として使っていたあの小屋と全く異なる小屋に、思わずエルフリートと一緒に見回してしまった。
「ねえねえ、仕掛けってどこ!? 調べてみても良い?」
「フリーデ、そんなにはしゃぐな」
「だって、侵入者が分からない仕掛けにしたんでしょう? 本当にそうなっているか、確かめた方が良いと思うの」
エルフリートの主張に、ロスヴィータだけではなくエベラルドとエンリケも「なるほど」と理解を示す。報告書の中には、仕掛けを施したとだけ記載されており、その詳細に関しては外部への漏洩対策で機密という理由で伏せられていた。
「それは、確かに……」
「では、どんな仕掛けなのか調べてみていただけますかな」
領主たちの了解を得たエルフリートは、早速物色を始めた。ロスヴィータも負けてはいられないとあちこちを見て回る。仕掛けを解いた先には、武器庫や食糧庫が広がっていると報告書には書かれていた。
有事の際に、ここでやり過ごせるようにという用意である。武器庫には様々な武具が、食糧庫には干し肉や水などが、それぞれ保管されているらしい。しかも、食糧庫はパニックルームを兼ねているという。
万が一、非戦闘員である領民が混ざっていた場合に備えて、という事だと聞いた。ロスヴィータは用途などから、怪しい場所を考えていく事にした。
エルフリートの方は、とりあえずひと通り見て回る事にしたようだ。最後には魔法を試すと言っていたが、まずは魔法を使わずに調べるらしい。
魔法は便利だ。だが、魔法が使えない代わりに罠を探るのが得意な者だっているはずだ。おそらく、エルフリートはその場合を想定して動いているのだろう。
エルフリートは罠を張るのがうまい。こういった仕掛けを探すのも、得意なのかもしれない。
「普通の人は、仕掛けがあるだろうとは思わずにここにやってくると思うから、最初の段階はクリアかな」
簡単には見つからず、小屋を一周してきたエルフリートが嬉しそうに笑った。ロスヴィータはありきたりな場所だなと思いながらもキッチンを探っている真っ最中だった。




