96 王命の結末
民が押しかけないように、処刑場は金網で隔離されていたが、押し寄せる民の数は想定以上だった。
自分達の家族や友人を殺した貴族が処刑されるとあって、民たちの興奮はすさまじかった。
ダルトン子爵を断罪しようとする宰相を褒めたたえる歓声と、引きずり出されえたダルトン子爵に対する怒声。
ガナッシュの港町の代官が、補助金横領の罪で先に処刑された。 軍による尋問と長期の拘束によって生きる気力が無くなったかのように、兵士にひきずられるようね処刑台にあがり、抵抗する間もなく処刑が実施された。
それを見せられていたダルトン子爵は暴れて逃げようとするが、縄で固く縛られている身体は兵から逃れられない。
「うわああ!」
処刑の恐怖で叫ぶが、網の外の民の罵声にかき消される。
「殺せ!」
「息子を返せ!」
「母は殺されたんだ!」
小さな民の声はドンドン大きくなり、地響きのような怒声になっていた。
民に紛れてナーディアとイレーヌも処刑を見に来ていた。
護衛に、アルチュール、エルフレッド、ユークリッドが付いているが、周りの民の様子に緊張を高めている。
興奮した民は、金網を押し倒さんばかりにおしている。
「違う! 私は違う!!」
抵抗するダルトンは押さえつけられ、執行人の刃が振り降ろされる。
血しぶきがあがると、歓声があがり涙を流して喜ぶ人々もいる。
ダルトン子爵の横暴に耐えていた王都の民が解放されたのだ。
「宰相閣下、万歳!」
誰かが声をあげると、次々に続いた声は歓声となって響き渡る。
「宰相閣下、万歳! 宰相閣下、万歳!」
その声は王宮内の王の耳にも届いていた。
王の顔は憤怒で拳は固く握られ、口元はひきつっている。
王太子バーミリオンは王から離れ、バルコニーから城前広場をみていた。
その表情も王とは反対で、無表情で見つめている。
身につまされるのは、深い後悔。
バーミリオンは優秀な王子だったが、慢心が全てが狂った。
この状況の意味を分かっている、そして王が失策をしたことも。
この状況で民を弾圧してはいけない。
王妃を切り捨て民に寄り添い、貴族の懐柔に向かうべきなのだ。
王は王妃を庇っているわけではないが、王族というプライドが捨てれないのだ。
バーミリオンが見つめる先で、王が命令した兵士達が宰相を捕獲すべく、城前広場に乱入していく。
「宰相は王の命に背く謀反人である!」
「宰相を捕らえよ!」
軍隊という規模の兵士達が、宰相を拘束するべく突入する。
だが、司令官に選らばれた精鋭兵達は数で劣っているものの、剣技では秀でている。
ガン!
宰相に手をかけようとした兵士に石が投げられた。金網の外から、民が兵士に石を投げたのだ。
小さな石だが、あちらこちらから石が投げられ兵士にあたる。
金網の外にまわった兵士が、怒りに任せて民を斬った。
「歯向かう者は斬り捨てる! 王命である!」
兵士の声が広場に響いて、見ているバーミリオンは頭を抱えた。
最悪である。
逃げまどう民の間から、ユークリッドとエルフレッドが剣を手に出てきて、民を守るように兵士達と対峙する。
ナーディアとイレーヌを守るのはアルチュール一人だが、兵士に劣るようなアルチュールではない。
二人を背に庇い、向かって来る兵士を斬り捨てる。
宰相を守る精鋭兵に余裕がでてくると、ユークリッド達を守るように助太刀しだした。
圧倒的に数で優っていた兵士達が膝をついて倒れていくと、形勢逆転したと逃げ始める兵士もでだした。
「俺は命じられただけだ」
掌を返したように、司令官に縋って来る者もいる。
城前広場は逃げまどう人々と、乱闘する兵士達で混沌としていた。
その時、ナーディアのドレスの隠しに入れてある石が震えた。
「アーニデヒルト様?」
ナーディアの声は、喧噪にかき消されて誰にも届かない。
空が光り、人々は眩しさに目を細める。
そこには、白銀の大きな竜の姿があった。
初めて見る竜の姿に、人々は動きを止め空を見つめる。
「アーニデヒルト様」
ナーディアの声が、アルチュールやユークリッドにも届いた。
「アーニデヒルト様!?」
女性の姿しか知らないユークリッドが声をあらげた。その声は広場に響き渡る。
静かにアーニデヒルトの竜の姿が消えていく様は、まるでユークリッドに呼応したかのようだ。
それをバーミリオンは、ベランダから茫然と見ていた。
「なんだ、あれは・・」
宰相は機を得たとばかりに、ユークリッドの元に駆け寄ると膝をついた。
一斉に歓声があがる。
誰もが、宰相がユークリッドに、膝を折って家臣の礼をしたと思ったのだ。
王命を受けて宰相を捕縛に来た兵士達は、力尽きたように地面に座り込んだ。
民は狂喜乱舞し、叫んだ。
「新しい王が現われた!」
「神が王を連れて来た!」
読んでくださり、ありがとうございました。
アーニデヒルトを知らない宰相ですが、状況判断はさすがです。




