87 バーミリオンの敗北
「はぁ?」
ナーディアが大きなため息をつく。それを慌てたようにイレーヌが抑えにかかった。
やっとナーディア以外の存在に気がついたようなバーミリオンである。
「ヴィスタル侯爵令嬢、君もいたのか」
バーミリオンが入室した時に、ナーディアと一緒に礼をしていたのに、ナーディアしか目に入ってなかったらしい。
「テトは死んだのよ!わざと馬車をぶつけられて。
攫われて紙幣印刷をさせられていたのも平民! 害のあるインクで死ぬまで働かせられて」
ナーディア落ち着いてと、イレーヌがなだめているが、イレーヌもナーディアに同意する。
ナーディアと行動を共にして、イレーヌは貴族でない人々を間近で見た。
屋敷にいる使用人とは違う街の人達。
平民は王家や貴族の所有物と教育されてが、そうではないと知った。
「庇ってない?
民があるから国が成り立っているのよ。それを虐げる貴族を許しておいて、庇ってない?」
イレーヌを振り切って、ナーディアはバーミリオンに向き合った。
その様子を、執務室の誰もが見ている。
宰相をはじめとして補佐官や事務官達。
ユークリッド、アルチュール、エルフレッド、全員である。
「殿下は何も変わっていない。
私が婚約者時代の、殿下に従順なままだと思ってらっしゃる」
バーミリオンも分かっている。ナーディアは変わった。
眩しく、美しい。惹き寄せられる。
いや、昔からそうだった。
自分に好意を示していた頃のナーディアであって欲しいと、思っていた。
変わったのは、自分に対する好意がなくなった事だと認めたくなかった。
「ナーディアとの結婚は、私がどんなことをしても無くならないと思ってた。
自分がバカな事をしたと思っている。
正妃になるにはナーディア以上にふさわしい令嬢はいない」
だから、とバーミリオンが続ける前にアルチュールが進み出てナーディアの肩を抱きしめた。
「殿下、イースデン公爵令嬢とお呼びください。
ナーディアは僕の婚約者なので。
僕は浮気なんてしませんよ。ナーディアに捨てられたら、僕は一生結婚できませんから」
ナーディアがアルチュールを見上げると、二人の視線が重なって共にクスリと笑い合う。
その姿を見て、顔色を変えたのが王太子で、赤くなったのがイレーヌ、面白そうに見ているのが宰相とエルフレッドだ。
「殿下、ダルトン子爵は処刑は免れない。
だが、もっと早くに罪を科すべきだったのです。
民を虐げ、たくさんの命を奪った罪を償わすために」
そうすれば、偽造紙幣の印刷はされなかったかもしれないし、屋敷の捜索で早期に発見できたかもしれない。
正規軍による捜索ということで、王家の威信も守れたはずだ。
だが、ダルトン子爵がダメでも、王妃と王妃の愛人である商人は、他の人間を探したろう、とユークリッドは思う。
「殿下の不貞と同じてすよ。
後悔しても、なかった事にはできない。
なら、どうすべきか?
民の信頼を取り戻すようにするとこです」
ナーディアの代弁のようにユークリッドが話す。
「殿下の場合は、ナーディアの信頼を取り戻すには不誠実過ぎますけどね」
王太子相手というのに、アルチュールは不敬を隠さない。
「貴様!口を慎め!無礼者が!」
バーミリオンは王太子の尊厳を貶められたとばかりに、アルチュールに苛立ちを隠せない。
「早く決闘をしたいのは、僕も同じですよ」
アルチュールは見せつけるように、ナーディアを引き寄せた。
読んでくださり、ありがとうございました。
宰相執務室で、それぞれの立場が分かれてきました。




