86 ナーディアの突撃
宰相に直談判に来たのはナーディアだ。
王太子の婚約時代に通い慣れた王宮ではあるが、宰相執務室に行くのは初めてだった。
だが、ナーディアが来たと聞いてバーミリオン王太子が宰相執務室に来たのだ。
ナーディアにとっては、いらぬ客である。
執務室にいる補佐官や事務官達は、応接室のやり取りに興味津々である。
「王太子殿下、お久しぶりでございます」
ナーディアはソファから立ち上がり、王太子に礼をすると、バーミリオンは眉をひそめた。
「ずいぶん他人行儀だな」
「今更ですわ。殿下は他のご令嬢と親密でいらっしゃいましたが、婚約者だった私とは疎遠でしたわ」
ナーディアはアルチュールの真似をして笑みを浮かべる。
バーミリオンの知るナーディアは、いつも微笑みを浮かべ、バーミリオンを否定するようなことはなかった。こんな皮肉めいた笑みを浮かべるこてはなかった。
「変わったな」
「誰でも状況によって、変わっていきますわ。
それに先に変わったのは、殿下ですもの。幼い頃は同じ夢を追っていましたのに、殿下は女性を追うようになりましたわ」
「あははは!」
声を出して笑ったのは宰相だ。
「殿下の不貞が原因の婚約解消だと、皆が知っています。
元婚約者は苦しまれて変わった。そういうことです」
だから見放されたのだ。
宰相もバーミリオンも同じことを思っている。
「お話が途切れてしまいましたが、ダルトン子爵の処刑は民衆がわかる形でお願いします」
バーミリオンが来て途切れた話を、ナーディアは宰相にお願いする。
「な! 子爵は内密に処刑することが決まっている」
バーミリオンがナーディアに反発するように、声を荒げる。
チラ、とバーミリオンを横目で見たナーディアである。
「民には高額紙幣の偽造紙幣などより、自分達を弄んで殺す子爵に対しての恨みは強いです。
そして、それを許している王家と貴族社会にもです」
宰相は静かに聞いて、バーミリオンは不服を示しながらも聞いている。
「自分達が民に信頼されているとお思いですか?
罪もない子供に馬車を突っ込ませて殺すような貴族を、許している王家や貴族のどこを信頼しろと?」
ナーディアの言うのは正論であるが、長い風習で平民を虐げてきたバーミリオン達は頷くことはできない。
「私は友人を殺したダルトン子爵が憎い」
それまで聞いていた宰相が、首を横に振った。
「今まで私は、民を混乱に落とすわけにいかないと思ってましたが、逆なのですね。
子爵を庇う王家や貴族に対しての不安が、民を混乱におとすのですね」
「庇っているわけではない!」
庇っているわけではないが、平民を殺した事を裁きもしない。
バーミリオンは拳を握る。
公開の刑となると、偽装紙幣とすり替えられた王家という醜聞を隠すことはできない。




